最後のピースが揃った 日本発のイノベーション
今回は、国内外、そして産官学をまたぐことで、日本を多層的に理解し、種々のイノベーションを牽引している山本晋也氏をお招きした。一問一答を通して、経営者以外にも多くの顔を持つ山本氏の頭の中に迫ってみたい。
───「失われた30年」を取り戻すべく、日本にはイノベーションが必要だと言われ続けています。
山本─そのためにはまず、イノベーションを創出する「エコシステム」が必要になります。コロナ禍においてモデルナ社製ワクチンが世界を席巻しましたが、実は同社は2010年創業のスタートアップです。では、なぜ短期間でこんなことができたのか…それは国のバックアップがあったからです。他にも、アメリカには1982年に施行された「SBIR」という制度があり、これは「種」となるスタートアップに対して国が資金面等の支援を行うものです。その種が大きく育った結果として、GAFAのようなテックジャイアントにもつながっていったのです。
───アメリカのスタートアップの成功には理由があったのですね。
山本─しかし、実はこの頃のアメリカは日本をイノベーション政策の観点から研究対象としていたのです。そして、今やシリコンバレーを上回る勢いで成長を続けている中国は、日本とアメリカに学び、いわば「いいとこ取り」をしています。もし当時の日本にもスタートアップの支援制度があったら、今頃は日本製のワクチンが世界へ輸出されていたかもしれません。
───それでは、これからの日本はいかがでしょう。
山本─日本の強みは「モノづくり」です。ベースになるものやお手本があれば、それをとてつもないクオリティーまでブラッシュアップすることができるのですから、今は国外のエコシステムをお手本にすれば良いのです。1周まわって、これから再び日本のターンが来ると確信しています。
───その根拠はあるのでしょうか?
山本─2015年に出版した「米国SBIRがマクロ経済に与えた効果検証」のデータが内閣府、経済産業省、中小企業庁を中心に参照されたことがきっかけで「日本版SBIR制度の見直しに向けた検討会」の参考人を務めました。そこから「全省庁横断型のイノベーション創出」を目的とした日本版SBIRが本格的に再検討され、今年度から始動しています。これによって、様々な研究や開発が活発化するため、日本からグローバルなスタートアップが生まれる可能性が一気に高まっていくことが予想されます。
───やはりスタートアップがイノベーションを起こすのですね。
山本─大企業はその成長過程でリスクテイクできなくなる、いわゆる「イノベーションのジレンマ」に陥ってしまいがちです。過剰な最適化によってマーケットのニーズを越えてしまうのです。一方で、皆さんがイメージするいわゆる「ゼロからイチを生み出す」タイプの「破壊的イノベーション」においては、守る必要のある既存事業や組織がないスタートアップだからこそ、全力で突き進むことができるのです。
様々な化学反応が種となり イノベーションをもたらす
───では、今後、日本発のイノベーションが生まれる可能性も…
山本─充分にあり得ます。実は「AI」を世界で一番うまく使い熟すことができる可能性すらあると考えています。私は大学で講師もしていますが、若い優秀な人材が増えています。例えば、国内でも東京大学や慶應義塾大学をはじめとした大学では学生の起業を促進し、数多くのスタートアップが創業され、成長し続けています。これは優秀な学生にとって、新たなキャリアパスを生んでいることにもなります。
───日本におけるイノベーションのイメージが湧いてきました。
山本─これからはリソースシェアリングが加速します。個人の能力や専門性もクラウド化され、社会で共有される時代になるでしょう。その中で、これまでになかった化学反応が生まれます。それこそがイノベーションの種になっていくはずです。
───今後のビジョンについても教えてください。
山本─研究者であり経営者であり、産官学をまたいできた自分だからこそ見えることやできることがあると考えています。国が本気になったことで、確実に潮目は変わっていきます。私はこれから日本経済が復興していくと信じていますし、まったく悲観していません。様々なイノベーションを起こしたいし、そのハブになれるとも考えています。その一つの取り組みとして「DICT」というプラットフォームを始動しました。ここから生まれるであろうイノベーションも、楽しみで仕方ありません。
「イノベーション」は、経済のみならず、教育や科学技術までをつなぐ、日本の最重要キーワードと言えそうだ。これから広がるであろう、様々なイノベーションの輪…その中心に、山本氏の姿が見えるような気がした。