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■これが岐阜関ケ原
古戦場記念館だ。


「関ケ原の戦い」の全てを五感で体感できる体験型ミュージアム——岐阜関ケ原古戦場記念館で館長・小和田哲男さんと高橋英樹さんが館内を周り、家康の実像に迫る対談を行なった。


5F展望室。360度全面ガラス張りの展望室から関ケ原古戦場が一望できる。合戦当時の景色と重ね合わせ眺望してから史跡めぐりをするのがおすすめ。

情報と先を読む力を駆使した
徳川家康の決断力の凄み

高橋:関ケ原古戦場史跡を訪ねてから、小和田館長に岐阜関ケ原古戦場記念館を案内していただきました。1階にあるグラウンド・ビジョンとシアターの大迫力。関ケ原の戦いの概要を五感で感じることができました。「あの映像の迫力は本当にすごい! すごいもの造ったな」と。非常にわかりやすいし、神田伯山(かんだ・はくざん)さんの語りもいいですね。歴史をよく知らない方々 にも関ケ原は面白いと思わせてくれるだけで、大成功だと思います。

小和田:そういっていただけるのは館長として光栄です。関ケ原は日本の転換点となった重要な場所ですから、ぜひ皆さんに理解を深めてもらいたいのです。

高橋:関ケ原の戦いが近代日本を築くうえでどんな役割を果たしたか。また、徳川幕府が260年も続く平和の礎(いじずえ)になったことを、伝えていく記念館ですね。全国から大名が集まり、戦をして、その結果が今につながっていることを見せてもらいました。それと最上階の展望室が素晴らしい。これはもう、私にとっては楽しいことこの上ない場所です。

小和田:古戦場の史跡めぐりはいかがでしたか?

高橋:素朴な疑問が浮かびました。古戦場の陣形を見た限りでは西軍・石田三成が圧倒的に有利なはずなのに、なぜわずか6時間の戦いで東軍・徳川家康が勝利したかということです。

小和田:関ケ原開戦前、勝敗の帰趨(きすう)はほぼ決しておりました。家康が西軍の武将たちを調略(ちょうりゃく)していたからです。たしかに陣形では西軍が関ケ原西側の丘陵を抑え優勢でしたが、実は家康に内通していた者が多かったため、意思統一ができていなかったのです。

高橋:記念館の隣にある家康最後陣地に赴(おもむ)きましたが、三成の陣と直線で900mの至近距離で、しかも三成より低地に陣を移している。両雄の距離はこんなに近かったのかと、驚きましたね。

小和田:家康の最初の陣は桃配山にあり、三成の陣から東に2km離れていましたが、 戦況を見て移動したのです。

高橋:西軍には、自分に味方する武将が 多いという確信があった証拠ですね。

小和田:家康は若い頃から近隣諸国の情勢を素早くつかみ、的確に判断することに長(た)けていました。例えば桶狭間の戦い(1560年)で今川義元が織田信長に討たれた時、家康の母・於大(おだい)の方の兄・水野信元から「義元が討死、織田と戦わずに逃げろ」という情報がもたらされました。家康は、領地の岡崎に必死で逃げ、のちに信長と清須(きよす)同盟を結ぶ決断をします。

高橋:信長との同盟が得策という状況が家康に見えていた。見事な先見性です。

喜怒哀楽わにしない
「覇王」家康実像

高橋:先見性といえば、豊臣秀吉が死んだ時、「次は自分の番だ」と、察したと思うのです。秀吉没から関ケ原までの2年弱で加藤清正、黒田長政、福島正則らを味方につけ、関ケ原の布石(ふせき)を打っています。

小和田:秀吉の後継の秀頼はまだ6歳。 とこの時点で家康は天下獲りを決断したと私は見ています。豊臣恩顧(おんこ)の大名たちと次々に婚姻(こんいん)関係を結び、政権の実権を掌握しますが、秀頼が15〜16歳の青年だったらこれほどの大博打を打たなかった可能性があります。

高橋:私は健康維持にも注目しています。 自ら漢方薬も調合し自己管理も抜群です。

小和田:鷹狩りをすれば、仕留めた獲物は足軽に任せず、馬から下りて自分で取りに行ったといいます。静岡に伝わる伝説では夏は水泳にも熱心だったらしいです。身体を動かして鍛えていたようです。

高橋:私は俳優ですから家康を役者目線で見てしまいますが、家康はとらえどころがありません。喜怒哀楽に乏(とぼ)しく、沈思黙考している印象です。『国盗り物語』(1973年NHK大河ドラマ)で演じた信長は、目を見開いて一瞬で相手に怒りをぶつける。対して家康は辛抱する。しかし、家康には信長よりも視野が広い明確なビジョンと戦略がありましたね。

小和田岐阜関ケ原古戦場記念館は、まさに家康の実像に、訪れた人が接し、自ら家康の謎(なぞ)を考えてほしい場所でもあります。しかも多くの武将たちが時代の決断に迫られた場所です。

高橋:今までより家康を身近に感じることができる、素晴らしい記念館です。

小和田岐阜城も素敵ですよ。私も何度も登っていますが、あそこから見ると天下が取れそうな気がするのです。

高橋:岐阜城の上から夕方に近江、つまり京都方面を見ると、黄金色に輝いていました。武将たちがあそこに行きたいと願う気持ちがよく分かります。私も朝から晩まで、ずっと眺めていましたから。

小和田:ところで、関ケ原の武将を演じるなら島津義弘(しまず・よしひろ)をやってみたいとか。

高橋:退(の)き口(くち)から敵中突破し、敵に背を見せない役ですからね(笑)。

小和田:高橋さんらしいですね(笑)。

歴史が学べしかも楽しい! 岐阜関ケ原古戦場記念館の魅力に迫る。

◉展示室

2階展示室には関ケ原の戦いを現代に伝える資料がもりだくさん。写真左「関ヶ原合戦図屏風(六曲一隻)」(関ケ原町所蔵)、写真右は美濃刀の極み「刀銘兼定」。

◉グラウンド・ビジョン

関ケ原の戦いに至るまでの流れを 講談師・神田伯山氏の語りとともに床面スクリーンで俯瞰(ふかん)できる。

◉シアター

縦4.5m、横13mの楕円型スクリーンと振動・風・光・音の臨場感あふれる演出により関ケ原の戦いを一将兵の視点で映像体験できる。

◉戦国好きも満足! 記念館別館ショップ

記念館に隣接するショップでは、 記念館オリジナルグッズをはじめ 戦国好きの心をくすぐる商品を販売。レストランでは、関ケ原の戦い参戦武将をイメージしたメニューも楽しめます。

記念館別館ショップ】
☎0584-47-6030
営 9:30~17:00

入場無料! NHK大河ドラマ「どうする家康」展・ぎふ 関ケ原 開催中!

番組出演者の等身大パネルや出演者サイン、 衣装などドラマの世界観を体感できる展示です。
◉開催場所:岐阜 関ケ原古戦場記念館1階広域観光情報コーナー
◉入場料:本展示の開催場所は無料
◉主催:(一財)NHKサービスセンター
◉開催期間:令和5年1月17日〜令和6年1月上旬

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