連載

2021/11/27

蒸気機関車ゼロイチが牽引する花火見物列車~思い出のヨーロッパ鉄道紀行~

ドイツ・フランクフルトで乗った特急牽引用の名機

野田 隆

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フランクフルト中央駅で発車を待つゼロイチ

ドイツで偶然乗ることができた特急牽引用名機

 2001年夏、ドイツのフランクフルト滞在中に往年の特急列車牽引用の名機ゼロイチが牽引するイベント列車が走るという情報をキャッチした。毎年8月の第2土曜日にコブレンツのライン河畔で行われる花火大会見物のための列車だという。この頃、フランクフルトの鉄道ファンクラブが所有する蒸気機関車(01形118号機)が牽引するイベント列車はそれほど珍しくはなかったが、ライン河沿いの幹線をSL列車が堂々と走るのはレアだった。
 1日限定なので、日にちが合わないとどうにもならないのだが、運よくその日はフランクフルトにいて、しかも夕方以降の予定はなかった。せめて、ゼロイチの雄姿が拝めればそれでよいと思い、中央駅へ出向いた。

 「17時15分発車」という情報だけを頼りに構内に入る。大きな発車案内板に該当時刻に出発する特別列車の表示があったので、それに従い1番線へ。確かに旧型客車がずらりと並んでいる。小走りに列車の先頭に向かうと、予想通りゼロイチ型蒸気機関車が息遣いを整え発車準備中だった。
 何枚も写真を撮り、それで満足していたら、同行者が「乗らないの?」という。指定券も何も持っていなかったけれど、気が大きくなって「じゃあ、乗ろうか」と車内に入った。日本と違ってぎっしり満員ということはないし、駅に改札もないのだから自由に車内へ入れる。適当に空いている席に腰をおろすと、定刻に列車は甲高く女性的な汽笛を鳴らして動き出した。
ゼロイチの運転台
 広い構内を列車は驀進する。現役時代さながらの走りっぷりだ。車掌がやってきたので、ダメもとでユーレイルパスを見せる。もちろん、この列車は特別列車なので、そのパスは通用しないといいつつ料金を請求してきた。たぶん、首都圏を走るJRの普通列車グリーン料金同様、車内発売の割増料金を2人分払ったと思う。

 マインツで団体客なのか大勢乗ってきて車内は満員になった。席がなくなったので、コンパートメント車両の通路に出る。往年のブルートレインのB寝台の通路にたたずむような感じだ。ぎっしり満員のコンパートメントの中では窮屈で車窓もあまり楽しめないので、むしろこの方が快適だ。
フランクフルト中央駅を発車直後のゼロイチ
 列車はライン川に沿って走り始めた。河の対岸のなだらかな斜面はブドウ畑である。車窓には次から次へと古城が現れては消えていく。対岸にも鉄道路線があり、ローカル列車や貨物列車が時折通り過ぎる。汽笛が鳴り、煙がたなびく。往年の名列車「ラインゴルト」が蒸気機関車牽引だった頃はこんな感じだったのだろうか。インターシティやICEで何度も通り過ぎている区間だが、初めてのように新鮮な気分だ。さすが往年の特急牽引機だけのことはあり、かなりのスピードで走り抜ける。

 両岸の丘が急峻になり岩壁が迫ってくる。カーブも急になり、汽車は心持速度を落とす。あまりにも有名なローレライの岩を過ぎると、汽車はボッパルトに停車した。
ライン河に沿って走る
 19時12分。夏のドイツは日が暮れるのが遅いので、外はまだ明るい。暗くならないと花火大会は始まらないので、この駅で2時間も大休止となる。車掌が町の案内図、とりわけレストランの情報が掲載されているチラシを配っていた。ライン河畔までは歩いても数分、レストランも多数ある。
 この路線はドイツ有数の幹線であるので、汽車が長時間もホームに横付けのままでは定期列車の邪魔になる。汽車は乗客を降ろすと動き出し、行ったり来たりしながら、側線に停車した。もちろん、その動きは絶好の撮影タイムだった。
ボッパルトで大休止するゼロイチ牽引列車

花火以外の楽しみや素晴らしい景観

 河畔まで散策してレストランを覗いたりしたけれど、たまたまこの日はランチが遅かったこともあり、まだ、お腹が空いていない。それで、早々に駅へ引き上げ、ホームでゼロイチを眺めたり、猛スピードで通過するICEや発着するローカル列車を撮ったりしてのんびり過ごした。駅の脇には歴史的な古城の塔が建っていて中々絵になる情景である。

 ゼロイチを眺めていたら、近くの道路に赤い消防車が停まった。火事?と思ったら、そうではなく蒸気機関車に給水するためである。定期的に蒸気機関車が走っていない路線なので、給水施設はなく、消防車がその役目を担うのであり、これはわが国のSLイベントでも行われている。
ボッパルト駅に発着するローカル列車
 ゼロイチの背後にある丘に陽が沈む。最後の残光が名残惜しそうに機関車の黒い車体に反射する。それに反応するかのように、ゼロイチは生き物のように息遣いを荒げ、いよいよ出発の準備を始めた。

 ローカル列車が発車して一段落したところで、ゼロイチは甲高い汽笛を鳴らし、蒸気を盛大に吐きだしながらゆっくりと客車を連結したままバックしていく。撮影するためにホームの端に移動すると、かなり遠くの位置に汽車は停車している。そこから猛烈に煙を出しながら前進し、久しぶりにホームに横付けとなった。
発車準備中のゼロイチ
 汽車は旅を再開、あたりは、ようやく暗くなってきた。ライン河も暗闇の中に溶け込んでしまい、イルミネーションをつけて華やいだ船が何艘も浮かんでいる。いよいよお祭りが始まろうとしている。
 ゆったりと座って過ごしたかったので食堂車に移動した。相席とはいえ、何とか2人並んで座ることはできた。ところが、この旧式の食堂車ではクレジットカードが使えないという。不覚にも財布の残金は寂しくなっていた。ビールと安価な食事しか注文できないのが悔しい。
旅の後半でお世話になった旧式の食堂車
 21時40分、コブレンツ中央駅到着。ここで時間調整のため1時間ほど停車。その間に機関車は切り離され向きを変える。転車台がないので、三角形状に敷かれたデルタ線を利用した模様だ。とりあえず後ろ向きに列車の先頭に立ち、22時52分発車。すぐにライン河の鉄橋に差しかかる。汽車は鉄橋を渡りきることなく停車。ここが最終目的地なのだ。やがて花火が次々と打ちあがる。隅田川花火大会などを見慣れていると何とも色彩感に乏しく地味でスケールも小さい。それでも周囲のドイツ人は大喜びで拍手喝采。大いに盛り上がった。

 30分ほど停車して花火大会は終了。汽車はライン河を渡り切り、対岸のコブレンツ・リュッツェル駅に停車した。おびただしい数の貨車がたむろしているので貨物駅のようだ。ここでゼロイチは切り離され、列車の脇を移動してフランクフルト寄りの先頭に連結された。これにて帰路の準備が完了。あとは大休止もなく闇の中を黙々と走り抜けた。皆満足して疲れ切ったようで、まどろんでいる人が多い。

 フランクフルト中央駅に戻ったのは午前2時頃。ちょっとした汽車旅のつもりだったが、終わってみると9時間ほどの大旅行、大いに満足した。
深夜にフランクフルト中央駅に帰着
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WRITTEN BY

野田 隆

のだ・たかし
1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。
蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。

のだ・たかし
1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。
蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。

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