連載
2021/11/27
蒸気機関車ゼロイチが牽引する花火見物列車~思い出のヨーロッパ鉄道紀行~
ドイツ・フランクフルトで乗った特急牽引用の名機
野田 隆
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ドイツで偶然乗ることができた特急牽引用名機
1日限定なので、日にちが合わないとどうにもならないのだが、運よくその日はフランクフルトにいて、しかも夕方以降の予定はなかった。せめて、ゼロイチの雄姿が拝めればそれでよいと思い、中央駅へ出向いた。
「17時15分発車」という情報だけを頼りに構内に入る。大きな発車案内板に該当時刻に出発する特別列車の表示があったので、それに従い1番線へ。確かに旧型客車がずらりと並んでいる。小走りに列車の先頭に向かうと、予想通りゼロイチ型蒸気機関車が息遣いを整え発車準備中だった。
何枚も写真を撮り、それで満足していたら、同行者が「乗らないの?」という。指定券も何も持っていなかったけれど、気が大きくなって「じゃあ、乗ろうか」と車内に入った。日本と違ってぎっしり満員ということはないし、駅に改札もないのだから自由に車内へ入れる。適当に空いている席に腰をおろすと、定刻に列車は甲高く女性的な汽笛を鳴らして動き出した。

マインツで団体客なのか大勢乗ってきて車内は満員になった。席がなくなったので、コンパートメント車両の通路に出る。往年のブルートレインのB寝台の通路にたたずむような感じだ。ぎっしり満員のコンパートメントの中では窮屈で車窓もあまり楽しめないので、むしろこの方が快適だ。

両岸の丘が急峻になり岩壁が迫ってくる。カーブも急になり、汽車は心持速度を落とす。あまりにも有名なローレライの岩を過ぎると、汽車はボッパルトに停車した。

この路線はドイツ有数の幹線であるので、汽車が長時間もホームに横付けのままでは定期列車の邪魔になる。汽車は乗客を降ろすと動き出し、行ったり来たりしながら、側線に停車した。もちろん、その動きは絶好の撮影タイムだった。

花火以外の楽しみや素晴らしい景観
ゼロイチを眺めていたら、近くの道路に赤い消防車が停まった。火事?と思ったら、そうではなく蒸気機関車に給水するためである。定期的に蒸気機関車が走っていない路線なので、給水施設はなく、消防車がその役目を担うのであり、これはわが国のSLイベントでも行われている。

ローカル列車が発車して一段落したところで、ゼロイチは甲高い汽笛を鳴らし、蒸気を盛大に吐きだしながらゆっくりと客車を連結したままバックしていく。撮影するためにホームの端に移動すると、かなり遠くの位置に汽車は停車している。そこから猛烈に煙を出しながら前進し、久しぶりにホームに横付けとなった。

ゆったりと座って過ごしたかったので食堂車に移動した。相席とはいえ、何とか2人並んで座ることはできた。ところが、この旧式の食堂車ではクレジットカードが使えないという。不覚にも財布の残金は寂しくなっていた。ビールと安価な食事しか注文できないのが悔しい。

30分ほど停車して花火大会は終了。汽車はライン河を渡り切り、対岸のコブレンツ・リュッツェル駅に停車した。おびただしい数の貨車がたむろしているので貨物駅のようだ。ここでゼロイチは切り離され、列車の脇を移動してフランクフルト寄りの先頭に連結された。これにて帰路の準備が完了。あとは大休止もなく闇の中を黙々と走り抜けた。皆満足して疲れ切ったようで、まどろんでいる人が多い。
フランクフルト中央駅に戻ったのは午前2時頃。ちょっとした汽車旅のつもりだったが、終わってみると9時間ほどの大旅行、大いに満足した。

WRITTEN BY
野田 隆
のだ・たかし
1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。
蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。
のだ・たかし
1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。
蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。
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