前回は日本のイノベーションに多くの示唆を与えてくれた山本晋也氏。今回は氏がメンターと仰ぎ、『TEDxHamamatsu』でのスピーカーを務めた経験もある池野文昭先生をシリコンバレーからお招きした。日本の将来に希望が湧く…本気で日本を変えようと情熱を傾ける二人の対談をお届けする。
「これからは企業も個人も、新しい技術を身につける必要があります」(池野)
───様々な分野で活躍されている池野先生ですが、改めてご経歴や現在のお取り組みについて教えてください。
池野─自治医大卒業後は公務員、そして僻地医療に従事していたのですが、その後アメリカへ渡り、スタンフォード大での研究を開始しました。ベンチャーとの産学連携に関わったことや、医師免許を持って産業界や行政で活躍するロールモデル(お手本になる人)を目の当たりにしたのをきっかけに、現在は医療研究、起業家教育、医療機器メーカーのアドバイザー、政府委員などをしています。
山本─先生とは約10年ほど前、文科省が主導する研究プロジェクトではじめてお会いしたんですよね。それからアメリカでも日本でもお会いするようになりました。私のメンターです。
───本日は「イノベーション」をキーワ ードに、日本の課題解決や未来について、お二人にお話いただきたいと思います。
池野─アメリカでは60歳過ぎから大学に通う人も珍しくありません。ところが日本は定年制の影響もあり、特に男性は会社のことしか知らないまま高齢者になってしまうため、定年退職後、孤立化してしまい、閉じこもりがちになり、身体的、精神的、社会的にフレイル化しやすい傾向があります。高齢化に関して言えば、少なからず新しい技術を身につけていく必要があるでしょう。
山本─結果として、コロナ禍がDXやイノベーションを推進した気がします。企業や社会、そして個人が「変わる」には良いタイミングだと思います。
池野─私もオンラインが一般化したおかげで、アメリカにいても日本の仕事ができるようになりました。その分、睡眠時間は減ってしまいましたが(笑)。
「大切なのは『マインド』です。未来と世界に目を向けて『ロールモデル』を見つけること」(池野)
───よく「日本ではイノベーションは生まれない」と言われます。
池野─重要なのはマインドセットです。例えばシリコンバレーと日本を比べるとわかりやすいのですが、課題や問題に対して日本人は萎縮し、彼らは喜ぶ傾向があります。
山本─アメリカ、特にシリコンバレー界隈の人はプロアクティブですよね。
池野─スタンフォード大学では、学生の意見が非常に強い影響力を持ち、講師が学生から非難されることも少なくありません。「How to」よりも「Know(ing) who」が大事なのです。
───日本とは逆かもしれませんね。
池野─日本では失敗が致命的になってしまいます。ここを変えるのは簡単ではありません。しかし、DXによってロールモデルを見つけられる可能性が高まっています。私は幸運にもアメリカに行くことで変われましたが、いまはYouTubeなどもありますから、それらを活かすべきです。
「テクノロジーは重要ですが、何よりも大切なのは、それを活用する人です」(山本)
山本─DXによって実はオペレーションが多様化する…つまり、もっと人間主体であるべきだと思います。例えばAIも「人間の仕事を奪う」ものではなく、あくまで「人間が使える便利なツール」だと考えると良いでしょう。
───日本の強み、日本発のイノベーションについてはいかがでしょうか。
池野─かつての「ものづくりの日本」という強みは、少し古くなっているかもしれません。しかし、納期やルールを守れるのは日本人の誇るべき点です。
山本─コロナ禍における日本でのワクチン効果が高かった理由は、医師や看護師たちの温度管理や運用が優秀だったからだと考えている人は、私の周囲にも多くいます。
池野─2001年頃の話なのですが、自動運転を研究していた学生に「それは不要ではないか」と聞いたところ、「私たちはあなたたちのためにこれをやっている」と返されたことがありました。日本が将来直面する「高齢化」という課題解決に対して、日本以上に向き合っていたのはスタンフォードの学生だったのです。厳密には『強み』ではありませんが、冒頭に話した高齢化という課題(マーケット)について、日本は世界に先駆けているわけですから、解決する優先権を持っているとも言えます。これは、ある意味では大きなチャンスです。
山本─日本の特性を活かしたイノベーションには、グローバルな外からの目も必要ですね。日本人だけに限定する必要はありません。
「日本発のイノベーションは起こる。そういった変化の空気を感じます」(山本)
───日本でのポジティブな変化を感じることはありますか。
山本─ええ。私が主宰する、デザイン・革新・共創・テクノロジーをコンセプトとしたプラットフォーム「DICT」での活動や、大学での講義を通じて明らかな変化を感じています。また、沖縄の「OIST(沖縄科学技術大学院大学)」なども、地の利や文化を活かした日本ならではのイノベーテ ィブな場所になると期待しています。教授の半分が外国人で近くには美しい海もある、人がどんどん集まってきています。
池野─素晴らしいですよね。私も研究室が欲しいです(笑)。
山本─それと、私のところへ相談に来る人たちが増えてきています。こういったイノベーティブな人が増えてくれば、何かが起こる可能性は必然的に高まります。ただし、誰もが起業する必要はありません。誤解を恐れずに言えば、楽しむことが重要なのです。
池野─そうですね。楽しくなくなったとしたら「何かがおかしい」と思った方が良いです。私は好き放題言うタイプの人間なので嫌われることもありますが、そうでなければイノベーションは起きません。
山本─私のような元サラリーマンがいるということを知ってほしい。話をしていて「ワクワクする」と言われるのが最高の褒め言葉です。
───お二人の今後について教えてください。
池野─私は医療の専門家ですから、やはりウェルネス、ウェルビーイングの領域に関しては一生かけてやっていきたい。スタンフォードでの経験や人脈を活用して、日本に貢献することがゴールです。
山本─イノベーターが集まる場所をつくったり、私自身がハブとなることで、この流れを加速させたいですね。先生のお力も借りながら、日本発のイノベーションを創出していきたいです。
失われた30年、少子高齢化などを根拠に、日本の将来を悲観する人は多いかもしれない。しかし、二人の対談は終始ポジティブかつパワフルなものだった。
日本の未来を創るイノベーターたちにとって、この二人のようなマインドや思考は最良の「ロールモデル」となるのではないだろうか。