
江戸時代に公的な行事・祝日となった五節句
もともと中国から伝わったもので、植物の力で邪気を祓う風習があり、それに日本の風習も合わさった。
江戸時代には、公的な行事になり、農作業などの仕事を集落全体で休む日となった。
「新暦と旧暦では約1カ月のずれがあるのに、旧暦の日付をそのまま今の暦に当てはめています。だから、実際の季節感とは一致していません」(新谷教授)
確かに「上巳の節句」は、「桃の節句」として有名だが、桃の開花はだいたい4月に入ってからだ。
また、「七夕の節句」は梅雨の真っただ中で雨の確率が非常に高く、天の川を見られることは稀だ。
そのため、旧暦の季節感に合わせて、五節句にちなむ祭りを1カ月遅れで行う地域もある。
8月7日に七夕祭りをする地域は、仙台を始め全国的に少なくない。
ところで、1月の節句はなぜ1月1日ではなく7日なのだろう。
「元日は、1年の始まりの大切な日で、お屠蘇で病を除けます。それよりも7種の薬草を食べる7日がよいと考えられたようです」(新谷教授)
「五節句」の意味と由来
人日(じんじつ)の節句【1月7日】 七草粥を食べて無病息災を祈願
上巳(じょうし)の節句【3月3日】 身を清めたり人形(ひとがた)を流す習慣があった
端午(たんご)の節句【5月5日】 清めの習慣から男児への祝いへと変化した
七夕(たなばた)の節句【7月7日】中国と日本の伝説が融合、禊の儀式を行う
重陽(ちょうよう)の節句【9月9日】 長寿の妙薬とされた菊を食す行事に由来
WRITTEN BY
新谷 尚紀
しんたに・たかのり
國學院大學大学院客員教授。
1948年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部史学科卒業。
同大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程単位取得。
社会学博士(慶應義塾大学)。
現在、国立歴史民俗博物館名誉教授、國學院大學大学院客員教授。
著書に『伊勢神宮と出雲大社』(講談社学術新書)、『神道入門』(ちくま新書)など多数。
しんたに・たかのり
國學院大學大学院客員教授。
1948年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部史学科卒業。
同大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程単位取得。
社会学博士(慶應義塾大学)。
現在、国立歴史民俗博物館名誉教授、國學院大學大学院客員教授。
著書に『伊勢神宮と出雲大社』(講談社学術新書)、『神道入門』(ちくま新書)など多数。
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