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高知東生『ありのまま生きる』WEB版【第1回】全てをさらけ出すことに決めた

著:高知東生 撮影:増本雅人

講演、出版、SNSで依存症への理解を広める発信が話題の高知東生さん。彼は今、ギャンブル、クスリ、アルコールなど、様々な依存症当事者やその家族から支持されている。芸能界の第一線から地の底に落ちた男が捨て、手に入れたもの。いま、ありのままの自分を語る。

逮捕されて振り返った僕の人生

「一個人」ファンの皆さん「オイオイなんで高知東生が出てくるんだよ」とお怒りかもしれませんがどうかお許しを。僕自身、「まさかエッセイを書くことになるなんて!」と驚いています。

 僕は、2016年に覚醒剤と大麻の使用と所持で逮捕されました。しかも当時は最高の妻を持ちながら、愛人と一緒にクスリを使い、ラブホテルで捕まるというまさに最低のことをしでかしました。当たり前ですが、僕はこの事件で全てのものを失いました。

 仕事も家族も、そしてそれまで繋がりのあった人達とのご縁もなくなり、僕はまさに孤独の闇に沈みました。事件から2年後には、仕事の残務処理も終わってしまい、日がな一日やることもなければ、話す人も居ない状況で「もう死ぬしかないな」と思い詰めていました。

 ところがそんな時に、(公社)ギャンブル依存症問題を考える会の代表をやっている田中紀子さんが声をかけてきました。僕はもう人間不信の真っただ中で「放っておいて欲しい」と最初はお会いすることを拒絶したのですが、田中さんは全くめげない人で、その押しの強さで結局お会いすることに。振り返ってみると、本心では誰かにここから救い出して欲しかったのかもしれません。

 初めて田中さんと会った時、いきなり彼女が「私も依存症の当事者で、夫も父も祖父も依存症です。父は会社の金を横領してクビになりました」と、驚きの自己紹介をしてきたのです。そして「高知さん、私たちと一緒に依存症の啓発活動をして下さい」と誘われました。僕は、タジタジとして「執行猶予期間があと2年あるのでそれが切れるまで大人しくしています。執行猶予期間が満了したらお願いします」と伝えましたが、田中さんは「高知さんの執行猶予期間なんて誰も気にしちゃいませんよ。それに今誰も助けてくれないのに、どうして執行猶予が切れたら誰かが助けてくれると思うんですか。そんなわけないじゃないですか」と、僕のわずかな希望的観測を一刀両断に切り捨てたのです。そして「高知さんの恥の経験を価値に変えてください」と言われました。僕はこの言葉に心が動き「どうして僕なんですか?」と聞きました。すると田中さんは「だって高知さん、愛人・薬物・ラブホテルの三重苦ですよ。大穴じゃないですか。高知さんが再起できたらみんなできます」と笑ったのです。僕は「コノヤロー」と思いましたが、不思議とあけっぴろげな直球勝負でくるこの人の毒舌が心地よくなり、気がつくと自分の過去も打ち明け、喫茶店をはしごしながら7時間も語りあっていました。

全部明らかにしちゃいましょうよ!

 こうして打ち明けた僕の生い立ちは少々かわっています。

 僕は高知県に生まれましたが、小学校5年生までは親類の家で祖母に育てられました。昭和の時代には親から言われたことがある人も多かったと思いますが、僕もばあちゃんに「お前は川から流れてきたのを拾ってきた」と言われました。あの頃の親たちはなぜあんなことを言ったのか分かりませんが、一般の家庭なら「そんなわけないだろう」と思っても、僕には両親がいなかったので素直にそれを信じてしまいました。

 ところが小学校5年生の時に、時々やってくるおばさんが「実は、あんたのお母さんなのよ」と聞かされ、母親と一緒に暮らすことになったのです。「俺にもお母ちゃんがいた!」と嬉しく思ったのも束の間で、母親は時々しか家に帰ってこず、なぜか若い衆がいつもウロウロしていました。そしてある日夜中に叩き起こされ、キャバレーに連れて行かれたかと思うと「この人がお父さんよ」と紹介されたのです。「なんと俺にはお父ちゃんもおったのか!」と驚きましたが、のちのち分かったのは、このお父さんという人は、かつて暴力団抗争で日本中を騒がせた一和会の最高顧問中井組組長の中井啓一でした。母はその愛人だったのです。

 母は全く家庭的な人ではありませんでした。僕は、母のことを好きになれず、とはいえまた居場所を失ったら困るので、大人達の顔色を見ながら良い子を演じて過ごしていました。母が地元の全寮制の中学「明徳義塾に入れ」と勧めてきたときには喜んで入学しました。そして僕は明徳義塾で野球部に入ります。自慢になりますが僕らが高校三年生になった春に明徳義塾は甲子園初出場を決めました。僕は残念ながらベンチ入りできず応援団長になりましたが。

 母親はそれまで全く学校行事などに参加したことはありませんでしたが、どういうわけだかそろそろ引退という頃になると、学校にやって来て他の父兄と一緒に炊き出しなどに参加するようになりました。そして僕がやっと親子らしい会話ができるようになったと思った頃、突然自死してしまいました。母の葬儀後、戸籍をみると実は父と言われていた中井啓一は実父ではなく、他県の組長が僕を認知していました。ファンキーで破天荒な母は2人の組長の愛人になっていたのです。

 田中さんにこんな打ち明け話をすると「高知さん、それ全部明らかにしましょう」と言われ仰天しました。「そんなことをしたら俺は終わりだ」と僕は激しく抵抗しました。あまりに叩かれすぎた僕は、またあんなバッシングの日々に耐えられそうもないと思ったからです。けれども田中さんは一歩も譲らず「そういう2チャンネルでコソコソ言われそうなネタは堂々と高知さんが明らかにしてしまえば誰も陰口を言いません。高知さんの正直な告白には理解者も共感者も現れます」と言い切られ、またしても僕は押し切られてしまいました。恐る恐る、依存症の講演活動、Twitter、取材などで少しずつ僕の出自を明らかにしていくと「あいつは最低だ」と罵られると思っていたのが、逆に「そんな壮絶な過去を生きてきたのか」「これから頑張れ」と応援のメッセージを頂くようになったのです。

 僕は大きな秘密を抱えながら生きてきた重荷をやっと下ろすことができ、楽になっていきました。悔しいけれど依存症の仲間達には、何が心を傷つけ、どうしてクスリを使うような生き方をしてしまうのか見抜かれていたのです。「秘密を手放すこと」これが僕の大きな分岐点となりました。

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「一個人」編集部

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