顧客の薄毛や脱毛の悩みに応えてきた株式会社アデランス(以下、アデランス社)が、アメリカ企業と提携して細胞培養による毛髪再生に挑む。アデランス社は、2024年2月22日にステムソン・セラピューティクス (以下、ステムソン社)と細胞培養による毛髪再生の知的財産権の独占的ライセンス契約を結んだ。ステムソン社は、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の培養によって毛髪再生の研究を行うアメリカの企業である。その経緯と背景について、アデランス・アメリカ・ホールディングス社President & CEOの加藤啓氏、管理本部執行役員の箕輪睦夫氏、法務部部長の小菅俊彦氏に伺った。 ◉撮影:原 哲也
アデランス社のこれまでの取り組み
毛髪・美容・健康のウェルネス事業をグローバル展開するアデランス社は、トータルヘアソリューション(総合毛髪関連)事業の中心にあるウィッグのほか育毛剤やLED機器の発売元としても知られているが、細胞培養による毛髪再生の研究では、これまでの取り組みの先をいく技術開発を目指す。
脱毛症に対する技術には、さまざまな方法がある。例えば、日本皮膚科学会の「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版」【注】には、脱毛症に対して医学的な見地からLEDや低出力レーザー照射・自毛植毛術・内服薬・外用薬などが取り上げられている。同ガイドラインには、ウィッグの着用が推奨度C1に入っており、ウィッグ着用は脱毛症状を改善するものではないが、通常の治療により改善しない場合や、QOLが低下している場合に、着用してもよいとされている。ウィッグは一気に髪を増やせるメリットがあるが、自身の髪の毛を増やせるわけではない。こうしたガイドラインを踏まえ、技術をもって製品開発を行ってきた同社にとって「毛髪再生」はいわば、大きな目標であるばかりか、人類にとっても積年の夢であることは、決して大げさな話ではない。
【注】日本皮膚科学会「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017年版」1)・ウィッグの着用:推奨度C1(ウィッグ着用を行ってもよい)・LEDおよび低出力レーザー照射:推奨度B(LEDおよび低出力レーザー照射を行うよう勧める)・男性型脱毛症に自毛植毛術:推奨度B(男性型脱毛症には自毛植毛術を行うよう勧める)
「当社は長年、ウィッグの通気性や人工毛髪の品質を向上する企業努力を重ねてきました。しかし、夢はその先にあるのです」(箕輪睦夫・管理本部執行役員)
アデランス社はすでに大阪大学との共同研究で、育毛や発毛が期待される赤色LEDを使った機器を展開している。また、アメリカのグループ会社であるボズレー社では、男性型脱毛症に対して医師による自毛植毛を行ってきた。自毛植毛では、たとえば毛が抜けやすい前頭部と頭頂部に、毛が抜けにくい後頭部の頭皮を移植する。メスを使わずに毛包だけをとって専用のパンチで植える技術もある。しかし、植毛の上をいく自分の毛の再生が望まれていると法務部長の小菅俊彦氏(以下、小菅氏)は語る。
「今回、ライセンス契約を結んだ細胞培養による方法は、これまでの技術の先、毛髪再生をめざしています。新しいマーケットにチャレンジする内容です」
ステムソン社との提携により、毛髪再生の研究体制を拡大
アデランス社が、ウィッグから医療までトータル・ヘア・ソリューションを提供する経緯には、アメリカでの研究が関係している。2001年に、毛髪移植を行うボズレー社がアデランス社のグループ企業になった。ボズレー社はL.リー・ボズレー医学博士が創立したアメリカの企業だ。さらに2002年、アデランス社はアデランス・リサーチ・インスティチュート(以下、ARI)をグループ会社として設立している。
ARIはペンシルべニア大学と共同で、自分の頭皮の細胞を培養して戻し、毛髪を再生する基礎研究を始めた。皮膚の表皮の細胞と毛母細胞を含む真皮の細胞は成長の仕方が違うため、一緒に培養して戻すと頭皮の中で構成比が変わってしまう。ARIの方法は、表皮と真皮の細胞をそれぞれ成長させ、最後に合わせて戻すことで発毛する毛包を育てられる可能性がある。
ARIの研究は安全性試験(フェーズ1)を通り、米食品医薬品局(FDA)の承認を受けている。有効性などを調べる臨床試験(フェーズ2)の中間段階で、ヒトの皮膚を使って発毛の効果が続くとみられていたが、2013年にアメリカの研究所が閉鎖された。研究は中断されたが、約10年経った今でも新しい技術だ。
一方のステムソン社は、iPS細胞を使用した毛髪再生を研究してきた。iPS細胞を使って毛の元となる毛母細胞を含む人工毛包を作り、頭皮に移植する技術で、現在は前臨床段階だ。二社はパートナーシップによってARIの研究を再スタートさせ、ステムソン社の毛髪再生の研究にも連携して、脱毛症に対する研究体制を拡大する。将来的には複数の治療薬の製品開発も考えている。
「自分の細胞を増やして頭皮に戻す技術の事業化は難しく、成功すれば有望な市場に育つでしょう。ステムソン社では、全世界で300億ドル(約4兆5000億円)以上のマーケットになると見込んでいます。私たちの研究はオリジナル性があり、商品化によって社会的にも貢献できるのではないかと考えています」(小菅氏)
ウィッグから医療まで、多様なソリューションの提供へ
「今後、脱毛や薄毛の悩みに対するソリューションがより多様になるでしょう」とアデランス・アメリカ・ホールディングス社 President & CEO・加藤啓氏(以下、加藤氏)は語る。コストが安いという観点でウィッグを選ぶ人もいれば、自毛による毛髪再生を望む人もいるだろう。さまざまな方法が共存しながらニーズが今後は進化していくのではないだろうか。果たして毛髪への悩みに対するこの選択肢の広がりこそ私たちの暮らしを豊かにすることにつながることは言うまでもないだろう。
「髪には夢があるのです。たとえば、髪を失ったがん患者様が病院でウィッグをつけたとき、表情が明るくなるような暮らしに笑顔をもたらす仕事だと考えております。毛髪再生のマーケティングにも顧客の幸せを第一に進めていきたいと思います。会社の実力と実際の商品の品質を上げることで、顧客満足への追求に徹する戦略が今後も重要だと考えております」(加藤氏)
引用文献 1) 日本皮膚科学会ガイドライン「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン2017 年版」日皮会誌:127(13),2763-2777,2017.