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「万葉のふるさと」明日香、山の辺の道を巡る|西行や芭蕉も巡礼した故地と景色を体感する

歩く万葉学者が守った麗しき大和の原風景

甘樫丘(あまかしのおか)
標高148mのなだらかな丘。頂上には展望台があり、明日香村が一望できる。

采女(うね)の 袖吹き返す 明日香風
京(みやこ)を遠み いたづらに吹く
(志貴皇子 第1巻・五一)

■訳)
采女らの 袖を吹き返していた 明日香風は 
都が遠のいたので むなしく吹いている
※采女…各国から天皇に奉られた地方豪族出身の女性

 古都・奈良は、飛鳥時代から奈良時代まで130年以上にわたって歌が紡がれた、万葉のふるさと。万葉集に収められた約4500首のうち、奈良の地名が詠まれているのは約900首。奈良県内で詠まれたと思われる歌を合わせると、大半が奈良ゆかりの歌といってもいい。

 6世紀から7世紀末にかけて日本の中心だった飛鳥(あすか 現在の奈良県明日香村地域)も代表的な地名のひとつ。奈良県立万葉文化館の指導研究員、井上さやかさんによると、「飛鳥と書いて〝あすか〟と読むのは、和歌が起源」だという。『飛鳥(とぶとり)の 明日香の里を 置きて去(い)なば 君があたりは 見えずかもあらむ』(巻1・七八)という歌もあるように、「飛鳥」は「明日香」にかかる枕詞。鳥がたくさん飛んでくるような豊かな土地という意味で、素晴らしい場所だと褒め称える表現だ。

 その明日香村には、郷愁を呼び起こす原風景とともに、万葉集の世界を存分に楽しめる施設がふたつある。犬養万葉記念館と奈良県立万葉文化館だ。

 犬養万葉記念館は、万葉研究の第一人者・犬養孝の功績を称える記念館。犬養は「万葉歌を理解するには風土と切り離せない」と万葉風土学を確立した人物。「歩く万葉学者」と称され、日本全国の万葉歌ゆかりの地1200か所を生涯かけて踏査。万葉歌碑も建立された。景観保全活動を行うきっかけとなったのが、甘樫丘だった。

 昭和30年頃、この地にホテル建設の計画が持ち上がり、犬養をはじめ、教職時代の教え子や明日香村民らが万葉の景観を残すため、保全活動に尽力。同時に、開発を食い止めるための防波堤として甘樫丘に万葉歌碑を建立した。それらの活動によって歴史的風土を保存するための古都保存法が成立し、建設計画は白紙に。その第一号歌碑には、飛鳥の都への想いを詠んだ志貴皇子(しきのみこ)の歌が刻まれている。

犬養万葉記念館
「犬養節」といわれる独特の節回しで歌を詠む犬養のビデオを上映するほか、遺品や直筆原稿などを見学できる。万葉集関連の書籍が揃う図書室やカフェスペースも併設。
■奈良県高市郡明日香村岡1150

古代発音で歌を聴けば、万葉の世界がより楽しめる

 奈良県立万葉文化館は、万葉集を中心とした古代文化が学べるミュージアムと、調査・研究機能を備える総合文化拠点。前述の井上さやかさんも、同館で万葉集の研究を重ねている。

「本の展示だけだと、堅苦しい文字ばかりを読んでもらうことになりますが、当館ではタッチパネルでクイズに挑戦したり、古代発音を聴いたりして楽しく学んでいただけます」

 1階では、現代日本画壇を代表する画家が、万葉集の歌をモチーフに描いた「万葉日本画」を展示。地下1階の展示室では、万葉歌の漢字を読むクイズコーナー、ジオラマで当時の人々の暮らしや歌を詠み合う「歌垣」などを再現する展示を行う。研究に基づいた展示内容でありながら、遊べる要素もあるので、年齢に関係なく、幅広い世代の人が楽しみながら学ぶことができる。

「万葉集と聞くと敷居が高そうだと思われている方にこそ、気楽に遊びに来てほしい」(井上さん)

 現在、明日香村内には、犬養孝揮毫の歌碑15基を含む40基の万葉歌碑がある。歌碑を巡ることで、歌人らが見たであろう万葉の景色が目の前に立ちあがり、私たち現代人と同じように喜怒哀楽に揺れたいにしえ人の感情に、触れられるに違いない。

奈良県立万葉文化館
日本画の展示室では、平山郁夫など現代画壇を代表する画家が描いた万葉日本画を展示。地下の展示室では、ジオラマを使って万葉の時代の人々の文化を紹介。タッチパネルで万葉集や歌人に関するクイズに答えたり、万葉歌の聴き比べができるなど、同館ならではの体験型展示が満載。写真撮影OKなので万葉人とのツーショットもぜひ。
■奈良県高市郡明日香村飛鳥10

歌人らが往来した古代の官道、山の辺の道で歌碑巡り

額田王が近江へ向かう際に三輪山を詠んだ歌の歌碑が建つ。奥に見えるのが三輪山。

味酒 三輪の山 
あをによし 奈良の山の 
山の際に い隠るまで 
道の隈 い積もるまでに 
つばらにも 見つつ行かむを
しばしばも 見放けむ山を 
心なく 雲の 隠さふべしや
(額田王 巻1・一七)

■訳
(うまさけ)三輪山を(あをによし)奈良の山の 山の向こうに 隠れるまで 道の曲り角が 幾重にも重なるまで 存分に 見続けて行きたいのに 幾たびも 眺めたい山だのに つれなくも 雲が 隠してよいものか

 明日香を訪れたなら、数多くの万葉歌碑が点在する山の辺の道にも、ぜひ足を延ばしたい。山の辺の道は、桜井市から天理市を経て奈良市まで通じる、日本最古の官道だ。奈良盆地の東側、連なる山裾を縫うように続く道沿いには、原始信仰が息づく大神(おおみわ)神社や石上(いそのかみ)神宮、古刹や巨大古墳が並び、その中に万葉歌碑がいくつも点在している。

「古くから人々の往来が多い場所。神社仏閣にかかわる歌もたくさん詠まれた地域です」(井上さん)

 歌聖と称えられる柿本人麻呂の歌碑も多い。山の辺の道付近に住んでいたともいわれる人麻呂は、この地の風景とともに亡き妻を偲ぶ歌をいくつか残している。
 最後に万葉歌碑のツウな楽しみ方をひとつ。万葉集は文字の使い方がユニークなので、歌碑の中でも原文で書かれたものにぜひ注目してほしい。

 特に万葉仮名は、中国の文字を使って大和言葉を書いた、いわば当て字のようなもの。例えば、「世の中」は「余能奈可」、「梅」は「宇米」などと書かれる。意外な漢字が使われているので、クイズを解くような楽しみもある。単に歌の意味を追うだけでなく、文字の文化に触れるのも、歌碑巡りの楽しみのひとつとなることだろう。

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