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弔いの儀式「葬儀」今昔 ~絶縁から惜別のセレモニーへ~|日本人の死生観はどのように変化したのか

お宮参り、七五三、成人式、葬式などなど…。人生には様々な「儀礼」が存在し、それらは時代によって意味合いや形式も変化していく。なかでも大きく変化した「弔いの儀式」について、國學院大學大学院客員教授の新谷尚紀先生に話を聞いた。

人生儀礼の中で一番変化したのは弔いの儀式

 一生の中で、さまざまな人生儀礼があるが、環境や生活の多様化など時代によって、儀礼の意味や形式も変化している。國學院大學大学院客員教授の新谷尚紀さんは、人生儀礼のなかで現代になりもっとも大きく変容したものは弔いの儀式、葬式だと語る。

「かつては生まれてからこの世を去るまで、いろいろなことが概ね生まれた家や地域など、限られた、身近な範囲で完結していたんです。それが近代化とともに、たとえば出産は病院、結婚は結婚式場、最期も病院、そして死後は葬儀場といろいろなことが外部の機関や産業に委ねられるようになりました。それにつれて儀礼やしきたりも変化しましたが、なかでも葬儀は意義が大きく変わったと感じます」

 かつての〝弔い〞とは、どのようなものだったのか。
「葬儀には死んだ後の、肉体の処理と魂の処理という目的があります。かつて、現代のように進んだ設備や技術のない、普通の家で最期を迎えた人の亡骸と対峙し弔うというのは、現代とは比較にならないほど生々しく、人々にとって〝穢けがれた〞ものだったんです。ゆえに当時の弔いはその穢れを断ち切るための儀式であり、死者の魂が残留したり、戻って来ないよう祓い清めるための、いわば離縁の儀式だったのです」

 弔いの儀式のプロセスはいずれも、亡くなって穢れとなった肉体と魂の存在を断ち切るための方策ともとれる。そこには、現代の葬儀で醸し出される愛惜の念や未練といったものはない。かつては人が死ぬと、残された者は霊に未練を抱かせぬよう速やかに送り出し、死の穢れが現世に伝播しないよう懸命に結界を作ったのだ。

「人が死ぬと湯灌をして清め、納棺します。その際にはお札や蓮の花を入れますが、これらはいわば、死者が戻って来ないようにするための封印なのです。さらに、滞りなくあの世への旅ができるよう死装束を着せ、神棚封じをして死の穢れが現世の神聖な領域に及ばないようにしたのです」

 弔いの重要な過程である通夜は現在、最後を迎えた者との別れを惜しむセンチメンタルな場面として認識されがちだが、かつては夜のうちに死の気配を察した魑魅魍魎が寄り付かぬよう、見張りをするためのものだったという。

「僧侶の読経は、まさにプロフェッショナルによる絶縁の儀式だったのです。死者の霊は旅路の途中、7日目に最初の審判を受け、その後も7日ごとに裁判にかけられ、7回目、49 日目の裁判で輪廻転生の可否や行き先などが下されると言われます。ここで一応は死者を完全に送り出したと言えるのですが、本当に安心できるのは三回忌くらいだとも言われています」

時代の変化とともに人々の生死観も変わった

 弔いの儀式は時代の変遷とともに変わったのだ。
「昭和から平成へと時代が移り変わるなかで、臨終から葬儀への流れは家ではなく、病院から葬儀場といった外部の施設で行われるようになり、ドライアイスや消毒等、技術の進化、普及とともに人の死は従来のような穢れのみではなく、名残惜しい永遠の別離、悲哀に満ちた旅立ちへと昇華されました。もちろんかつての葬儀にも故人を偲ぶ想いや愛惜の感覚はあったはずですが、現在では、葬儀は残された人たちのためのセレモニーとしての意義がより強まったように感じます」

 科学が進み、人の死に関する様々な事象が解明され白日のもととなった現代において、すでにくだんの〝穢れ〞が過去の話題として看過できる段階にあることは紛れもない事実なのだ。亡き者を思い、心痛に苦しみ慈しんだとしてもそれは正論である。

 世は新たな年号を得て動き始めているが、しかしながら人の最期そのものは不変。新谷さんは弔いの儀式の意味をあらためて見直し、真摯に〝しきたり〞と向かい合うことも重要だと語る。

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新谷 尚紀

しんたに・たかのり 國學院大學大学院客員教授。 1948年広島県生まれ。早稲田大学第一文学部史学科卒業。 同大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程単位取得。 社会学博士(慶應義塾大学)。 現在、国立歴史民俗博物館名誉教授、國學院大學大学院客員教授。 著書に『伊勢神宮と出雲大社』(講談社学術新書)、『神道入門』(ちくま新書)など多数。

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