なぜこんな時刻表（ダイヤ）になったのか？ 残念時刻表を読み解く超ニッチ企画第7弾！
※時刻表は記事最後に掲載
高知県には路面電車が走っている。運行を担うのは「とさでん交通」という会社で、高知市の繁華街、はりまや橋を中心に東西、南北に十字のように路線を広げている。
といっても、高知市はJR土讃（どさん）線の高知駅から南に行くとすぐに海にぶつかる地形なので、南北を走る路線はわずか３3.2km。これに対し東西を走る路線は22.1km。横の線が異常に長い十字だ。
路面電車は渋滞や信号待ちなど、道路状況によって遅延が起こりやすい。そのことを考慮してか、とさでん交通の東西を結ぶ路線は全線を走り通す列車はほとんどない。東の端、後免町（ごめんまち）から出る電車の多くは西の端である伊野（いの）より7km手前の鏡川橋（かがみがわばし）止まり。伊野から出る電車もほぼ後免町の7.4km手前の文殊通（もんじゅどおり）止まりとなっている。
そんな中、後免町から伊野まで東西を駆け抜ける例外的な電車が平日に2本だけ走っている。後免町15時31分と18時30分の電車だ。運転日は平日のみ。逆方向、伊野から後免町を走り通す電車は0本。22.1kmと路面電車としては相当な長距離を走ることや、平日に2本、片方の方向しか運転されないことから、路面電車好きの間では知られたものとなっている。そんなレアな存在の路面電車の中で、今回「残念な電車」として挙げるのが後免町18時30分発の伊野行だ。
路線バスと同じ感覚で利用される路面電車は鉄道より駅の数が多い。後免町から伊野までは22.1kmと書いたが、この間に停留所が64もある。停留所と停留所の間の距離は平均340ｍだ。65番目の停留所となる終点の伊野に到着するのは19時59分。所要時間は1時間29分だ。これだけの時間があれば、東海道新幹線「のぞみ」だと品川〜名古屋（359.2キロ）、東北新幹線「はやぶさ」だと東京〜仙台（351.8キロ）まで行けるが、この電車の駆け抜ける距離はわずか22.1km。マラソンを趣味としている人の目標にフルマラソンで3時間を切る「サブスリー」という目標があるが、これを達成した人ならばこの電車を追い越せるかもしれない。
長距離をのんびり走る路面電車を楽しむのであれば、15時31分発の電車の方がいい。伊野到着16時59分、所要時間1時間28分と私の挙げる電車より1分短いが、日没前に全区間を走り切るので高知の市街、郊外の風景を存分に楽しむことができる。
ではなぜ、この18時30分発の電車を挙げるのか。それは、この電車の後に乗ってほしい列車があるからだ。
終点の伊野から歩いて5分ほどの場所にJR土讃線の伊野駅がある。ここは特急も停車する駅で、路面電車を乗り通してから向かうと、20時15分発の「特急しまんと8号」にスムーズに乗り継ぐことができる。
この特急は高松行で、伊野を出ると朝倉、旭に停まり、沿線で一番大きな駅である高知に5分間停車した後、高松へと向かう。そして次に停車するのが後免。この駅は路面電車の後免町から1kmほどしか離れていない。路面電車の東の端にほど近い駅に「特急しまんと8号」が到着するのは20時41分。路面電車で1時間29分かけた距離を途中の高知で5分も停車する特急がわずか26分で結ぶのだ。
特急の停車駅は4、路面電車は65なので特急の方が早いのは当たり前。だが、列車という線路を走る乗りものでここまでの差が出ることを体感できるのは、後免町18時30分の路面電車に乗り、乗り終えた後すぐJRの特急への乗り継ぎ比較しかない。15時31分の路面電車に乗っても伊野で17時26分発のJRの普通列車に乗ることができるが、この列車で後免へ行くには高知で乗り換えなければならない。乗り継いでも後免18時06分着で所要時間40分と、特急ほど速くない。残念さを感じるという意味では、後免〜伊野の往復を乗り継ぎなしで行けて、乗り換え時間もスムーズな18時30分発の電車が一番なのだ。
ちなみにJRの後免から路面電車の後免町までは徒歩12分ほど。路面電車の残念なダイヤ感をしっかり味わいたいのであれば、後免町の停留所まで歩き「ここまで歩いてきても特急の乗車時間と合わせて38分。路面電車より50分も早いな」と感じていただきたい。
とさでん交通 後免町18時30分発 伊野行
本記事は「一個人」2024年5月号に掲載した内容の増補版です。情報は発行時のものです。
