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温泉はいかにして信仰の対象となったか|古来の霊場「温泉聖地」で心身をリフレッシュ

日本の温泉地には宗教性・聖性を帯びた霊場、いわば「温泉聖地」がいくつか存在する。極上の湯に浸かる喜びに加え、霊場のたたずまいならではの癒しによって、心身を蘇らせてくれるのが温泉霊場である。

濛濛と湯気を上げる別府鉄輪温泉の海地獄。海を思わせるコバルトブルーの水面からその名が付いた。その側には別府白龍稻荷大神が鎮座する。

特異な湧出現象への畏敬と治癒力への感謝が育む温泉信仰

 温泉霊場が誕生する背景には、洋の東西を問わず古来育まれた温泉信仰がある。たとえば紀元前ヨーロッパの先住民ケルト人は、自然界のあらゆるものに神が宿るとみなし、とりわけ森やオークの木、生命に欠かせない水、大地から湧き出る温泉・湧泉に神、とくに女神の存在を認めた。

 温かくて色やにおい、析出物も際立つ温泉湧出はまさに超常現象で、畏怖・畏敬の対象だった。さらに温泉を利用するうち、何らかの治癒力をも発揮することを知る。こうして温泉への畏敬と恵みへの感謝の念が温泉・湧泉信仰を育んだ。

 事例としてフランスのセーヌ川泉源や多くの温泉地、イギリスのバース温泉などの泉源から(温)泉の女神に捧げた奉納物が出土している。中には人体の部位を精巧にかたどったものも含まれ、人々が(温)泉の治癒力に期待し、願い事をしたことがわかる。

 日本では江戸時代に北海道・北東北地方を巡り歩いた民俗地誌学者の菅江真澄が各温泉の地に神仏習合の「温泉(ゆ)の神」が祀られている姿を記録している。

 すでに奈良時代の『出雲国風土記』に島根県玉造温泉の「玉作湯社(たまつくりゆのやしろ)」(現玉作湯神社)と「漆仁(しつに)の湯」と称された出雲湯村温泉の「漆仁社」(現温泉神社)が記されている。平安時代の927年に撰上された『延喜式』神名帳では、全国10社ほど温泉神を祀る社の所在が確認される。温泉神が居て守護する温泉地は、そもそも宗教性・聖性を帯びた聖地だったのである。

温泉地の開湯と霊場に関わる山岳修験者・仏教僧

 日本の温泉信仰はケルト人同様の自然崇拝を基に、神仏習合的であった。なかでも影響を与えたのは、山や巨岩等を信仰対象に修行場・霊場とする山岳修験者、各地を修行で巡る聖(ひじり)と呼ばれた仏教僧で、彼らは辺鄙な山間部に湧く温泉を発見する機会と動機を有していた。修行には身を清める湯垢離(ゆごり)・水垢離が欠かせず、生活と仏事にも湯水を必要としたためである。

 温泉信仰から温泉地には温泉神を祀る小さな社が置かれ、後に立派な造りの温泉神社となる。さらに仏教が広まると、衆生の病を癒し、苦悩から救う仏とされる薬師如来が温泉の守護仏として新たに加わり、薬師如来を本尊とする温泉寺や薬師堂が温泉地に建てられるようになった。

 温泉地景観からこれをとらえると、核となる主泉源の上手や高台に温泉神社・温泉寺・薬師堂など温泉信仰を象徴する建造物があり、泉源を守護している。泉源脇には共同浴場が設けられ、周囲に宿や店ができて温泉街が形成されるのが基本的な構造である。今や大観光温泉地になっても、延喜式神名帳記載の温泉神社と温泉寺が並ぶ有馬温泉、温(湯)泉神社がある道後温泉や那須湯本温泉など、温泉信仰と仏教がもたらした宗教性・聖性を基底に秘めた歴史ある温泉地は少なくない。

 参詣を兼ねて訪れて、場の放つ聖性とともに温泉の癒しを体感し、心と体をリフレッシュする契機としてほしい。

『一個人』冬号 特集「開運の聖地100」より抜粋

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石川 理夫

いしかわ・みちお 温泉評論家 1947年、宮城県生まれ。東京大学法学部卒業。日本温泉地域学会会長。環境省中央環境審議会温泉小委員会専門委員。著書に『温泉の日本史』(中公新書)『本物の名湯ベスト100』(講談社現代新書)など多数。

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