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歌舞伎役者の最終的な通過儀礼は幹部になること【宗教学からみる歌舞伎 第4回】

雑誌『一個人』2025年1月号の連載記事を本サイトにも掲載しております。内容は雑誌発行当時のものです。
執筆◉宗教学者・作家 島田裕巳、イラスト◉棚沢太郎


歌舞伎座の12月大歌舞伎は3部制で、第1部には、きむらゆういち原作の絵本『あらしのよるに』をもとにした新作歌舞伎がかかった。

これは5回目の上演で、その点では人気の演目として定着している。主演の狼「がぶ」を演じるのは二代目中村獅童(しどう)である。初演は2015年9月の南座(みなみざ)で、私はたまたま関西で仕事があり、その折に初演の舞台を見ている。いったいどういう舞台になるのだろうかと思ったが、意外なほど面白く、舞台と客席が一体となったのに感銘を受けた。

今回も獅童が主役で、相手役となる山羊の「めい」を五代目尾上菊之助(おのえきくのすけ)、狼たちのボスで、かつて耳を食いちぎられたことから山羊を憎む「ぎろ」を四代目尾上松緑(しょうろく)が、それぞれ初役でつとめている。

それも注目されたところだが、チラシの演目紹介には、「二代目澤村精四郎(さわむらきよしろう)襲名披露」とあった。精四郎を襲名するのは初代澤村國矢(くにや)である。

國矢という名前を聞いて、「誰だっけ」と思う歌舞伎ファンもいることだろう。これまで國矢は、歌舞伎の舞台ではさほど重要な役を演じてこなかったからだ。

しかし、最初ニコニコ超会議のイベントで上演され、2022年には新橋演舞場をはじめ主要な4劇場で上演された「超歌舞伎(ちょうかぶき)」の観客には、名のある歌舞伎の名優として認識されてきたはずだ。

超歌舞伎も獅童が主役をつとめてきたもので、それにはバーチャルなアイドル、初音ミクも登場する。最新のテクノロジーが駆使された舞台で、2023年12月には歌舞伎座でも「今昔饗宴本桜(はなくらべせんぼんざくら)」として上演された。ニコニコ超会議での舞台は配信で見たし、歌舞伎座は生でその舞台を見ている。

國矢は、最初の超歌舞伎から、ずっと獅童の相手役で、そのリミテッド・バージョンでは主役もつとめてきた。

今回、精四郎襲名にこぎつけたのは、獅童の働きかけである。超歌舞伎の観客が歌舞伎座へ来て、國矢がその他大勢の役しかやっていないことに失望することを踏まえ、獅童が松竹にかけあい、「幹部」への道が開かれたのである。名題(めいだい)試験に合格して名題になっても、それだけでは大きな役はつかない。幹部になってこそ、はじめて重要な役がつとめられる。

幹部になることは歌舞伎役者の最終的な通過儀礼(※)である。

(※)通過儀礼…人々の生涯における誕生・成人・結婚・死亡といった節目を通過する際に行なわれる儀礼のこと。成人式では、生と死が隣り合わせである祭礼を行ない、社会的に一人前として認められる。

歌舞伎の名優の家に生まれれば、そのまま幹部の扱いを受ける。しかし、國矢のように一般家庭の出身だとなかなか幹部には昇進できない。今回は、國矢が師匠である二代目澤村藤十郎(とうじゅうろう)の「芸養子(げいようし)」となり、藤十郎の前名精四郎を譲られることになった。

一般家庭の出身でも、五代目坂東玉三郎(ばんどうたまさぶろう)のように人間国宝にまでのぼりつめた役者もいる。國矢改め精四郎も、今やその道を歩みはじめたのである。

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島田裕巳

1953年東京生まれ。宗教学者・作家。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了(宗教学)。『なぜ八幡神社が日本でいちばん多いのか』『[増補版]神道はなぜ教えがないのか』『葬式は、要らない』など著書多数。

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