読切

2021/10/16

猫がいる幸せ~養老孟司さんと愛猫まるちゃんの場合~

【穏やかなる猫との日々】養老孟司さんインタビュー

養老 孟司

●撮影/ケニア・ドイ

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いつでものんびりが長寿の秘訣

 付かず離れずのなんとも心地いい距離感、ちょうど、気の置けない家族のようなつき合いが猫との生活だ。
 まして、それが長年一緒に暮らしてきたお年寄り猫ともなれば……私たちは決して猫を飼ったりできない。
 ただ、同じ時間を共有しているだけだ。
 でも、そんな一日一日はとても楽しく嬉しい。
 猫がいる幸せ、長い時間を猫と過ごす幸福が人生を豊かにしてくれる。


「最初にみたときからこんな顔だった。だから、名前も『まる』になったんですよ」
 解剖学者で、大の昆虫好き・動物好きとしても知られる養老孟司先生はそう教えてくれた。

 そんな当の本猫は、自分が話題となっていることを知ってか知らずか、話の脇をすり抜けて日課になっているベランダでの居眠りへと向かっていく。朝方まで降った雨も上がり、暖かな日差しが木々の合間から降り注いでいる。

 一年365日、多くの人々で賑わう鎌倉の中心部からわずか十数分。でも、まるが暮らす山の麓の家にはそんな喧騒はまるで届かない。

「子猫のときからのんびりとした性格だったから、いまもそれほど歳をとったようには感じないね。ただ、多少は押しが強くなってきたかな。少しガンコなところがあるんですよ。『メシをくれ!』って要求するときは絶対退かない」
毛繕いの後、可愛い舌をしまい忘れているのもご愛敬だ。耳が折れて名前の通りのまん丸い顔に。ハナと舌、2カ所が鮮やかなピンク色。
 そう話す養老先生の視線の先には、ベランダの陽光の下でお得意の「どスコい座り」で毛繕いをするまるがいる。丸顔で折れ曲がった小さな耳、愛嬌いっぱいの風貌をもつスコティッシュフォールドに多くみられる仕草だ。ただし、ぺたんとお尻をついてしどけなく後足を投げ出したこの座り方は、先天的な関節や骨の疾患によるものだともいわれる。

 そのせいもあって、この種類の猫たちの平均年齢は必ずしも長い方ではない。もっとも、まるは無事15歳になった。体重は7kg。ふわふわの毛並みもあって堂々たる体格といえる。猫は老齢になると目にみえて体重が減ってくることもあるが、まだまだその兆候はないし、実際、よく食べるという。食事は子どものころからカリカリ、ドライタイプを食べ続けてきた。そしてなぜかマヨネーズが大好物。

「あまり、身体によくないと思うんだけど、好きなものはしょうがないね」

 まるはといえば、大きなあくびをすると、今度はうつぶせになって昼寝の体勢だ。

「まるで緊張感のない様子でしょう。でも、そんな風にみえてじつは周りじゅうをみている。薄目を開けてね。ほらっ、いまなにか捕まえるような仕草をした。風で木の葉がそよいで影が動いたんだよ。それに反応したわけ、本能だね」

 養老先生がこの家で一緒に暮らす猫は、まるが二匹目。その前は真っ白いミックスのメス猫で18年の月日をともにした。チロといった先代と比べると、まるはなにごとにつけスローペースだという。

「さすがにこの頃は、歳のせいかノソノソという感じで歩いているようにも思うけれど、それも子猫の頃からそれほどは変わらない。そういえば、うちに来たばかりのときに窓の外にリスが来たのを見つけてね。バッと飛びついたんですよ。捕まえようと思ったんだろう。
 ところが窓が閉まってた。ガラスだから分からなかったんだろうね。イヤってほどぶつかってすごい音がしました。それから二度とやらなくなったよ」

付かず離れずの快適な関係

日当たりで体温が上がると、ベランダデッキの端の木陰へと寝場所を変更。
木の葉が風で揺れ、ときどき体に触れるのも気にしない。
 そんな話を聞いているうちに、気がつけばバルコニーのまるは端っこの木陰へと移動。被毛が厚いだけにすぐ暑くなってしまうので、涼しい場所へと寝床を移したようだ。

 猫にもテリトリーがある。ただし、範囲や広さはそれぞれの猫によって異なる。先代のチロは裏山の上までを見回っていたようだが、まるのテリトリーはずっと狭い。庭から門を出て、なだらかに下る石畳の階段の先、養老先生のクルマが置いてある辺り、ざっと100メートルほどを自分の縄張りだと考えている。まるの日課は規則正しい。朝起きてカリカリを食べ、ベランダで軽く昼寝。目を覚ますと、いかにも「お役目」を果たすように、門をくぐって石階段の下まで見回りに出かける。何ごともないことを確かめて、家を戻ってくるとまたベランダで昼寝の続きか、屋内に場所を移してお気に入りの場所でウツラウツラ。もちろん、養老先生の仕事場である書斎へ出向くことも度々だ。

「ずいぶん一緒に過ごしてきたからね。お互いに快適な距離感というのかな。しっかり相手の存在を感じられるけど、邪魔にならない程度というのが、分かるようになっている。家のなかにいくつかお気に入りの場所があって、順番にそこを渡り歩いてますよ。だいたいは箱が好きなんで、入り込んで寝てる。
 ただ、自分は家族の一員だという気持ちはあるようで、妻と私、それに娘なんかが集まって話をしていると、チョコンとその輪にはいってます。それにときたま、自分の存在を主張したくなることもあるようだね。書斎の仕事机に寝そべってみたり……若い頃にはパソコンのキーボードを打っているところにわざと押しかけたりもあったけれど、最近はなくなってきた」

 そんな付かず離れずの関係を好むまるも、食事だけは別だそうだ。

「ハラ減った、となるといつまでもうるさく主張しますよ。寝ているとわざわざ起こしに来るくらい。ただ、まるは自分の食事以外は食べませんね。テーブルの上に人間の食事があっても見向きもしない。その点はとてもきれいだな。
 ただ、やっぱり自己主張なのか、お茶会に参加するんです。うちでお茶の会を開くと、必ず茶室に入ってくる。しかも困ったことに、お客さんのお菓子を舐めるんだよ。でも絶対食べるわけじゃないから、欲しい訳ではない。これは困りますね」
養老先生の書斎真ん中の仕事机もお気に入りのひとつ。机の端から頭を大きくはみ出させるように寝転がるのが、まる流だ。
 10年以上一緒に暮らしていると、お互いいろいろなことが分かるようになる。たとえば、まるにとっては同居人がいなくなってしまうのは大問題だ。養老先生が旅行にゆくというだけでも困るのに、ご夫婦でどこかに出かけるとなれば、間違いなく、まるの平安な日常は危機に晒さらされる。

「そろそろ旅行の準備をしなけりゃいけないなと思って、スーツケースを出して開けておくと、必ずそこで寝ているね。『自分も一緒に行く!』という主張なんだと思う。猫は頭がいいね。知らん顔しながらいろいろなところをみていて、しっかり分かってる。それで本音と建て前みたいなところもあって使い分けますよ。
 一度、夫婦で外出から帰ったら、まるが庭で待ってた。一緒に家に入ると、野良がまるの食事を盗み食いしてたんだね。そこに家人が戻ってきたんで、向こうは蜘蛛の子を散らすようにバァッと私たちの間を縫って逃げてった。そしたら、なんとそれまでキョトンとしてたまるが、ぼくらの顔をみるようにして、突然ファッーで背中の毛を逆立てたんですよ。もう相手は影も形もないのにね。面白かったなぁ」

 自然に囲まれて、ほとんどストレスのない毎日を送っているまる。自分の好きなことだけして過ごすまるをみていると、養老先生は気が休まるという。猫との生活は、間違いなく穏やかで幸せいっぱいの時間を運んでくれている。
養老先生がやってくる頃には、まるの短い昼寝も終了。さて、つぎは庭に出ようかな。それともうちに入ろうかな。
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WRITTEN BY

養老 孟司

ようろう・たけし
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。
解剖学者。医学博士。
東京大学医学部卒、東京大学名誉教授。
『からだの見方』『唯脳論』『バカの壁』など、著書多数。

ようろう・たけし
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。
解剖学者。医学博士。
東京大学医学部卒、東京大学名誉教授。
『からだの見方』『唯脳論』『バカの壁』など、著書多数。

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