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イタリア中部、ぶらり各駅停車の旅~思い出のヨーロッパ鉄道紀行~|イタリア・オペラ・アドリア海・ローカル列車

イタリア中部の小さな町でローカル線へ

 2006年夏、妻がイタリアでの音楽セミナーに参加するというので同行した。場所はイタリア中部アドリア海に面したマルケ州の内陸にあるマチェラータという小さな街だった。日本で市販されているトーマス・クック・ヨーロッパ鉄道時刻表には街の名前が見当たらなかったので、鉄道とは無縁なのかとがっかりしかけたのだが、よく調べてみるとローカル線が走っていることがわかり安心した。ローマから高速列車とローカル列車に乗り継いで現地入りできたので嬉しかった。

マチェラータを発車する列車

 この年のイタリアは猛暑で連日40度を超す日もあり、日中は室内か木陰でボーっとしているのが無難だった。夜になると、マチェラータでは野外オペラを上演する音楽祭が行われていた。ヴェローナほど有名ではないが、オペラ好きの日本人の姿も見かけた。

 3晩ほど「トゥーランドット」「カヴァレリア・ルスティカーナ」などのイタリア・オペラを堪能したが昼間は暇だ。涼し気な日には街歩きをしたが、それも飽きた頃、意を決して街を通っているローカル線に乗ってアドリア海沿岸をぶらぶらすることにした。

ローカル線車内

 マチェラータを通る鉄道は、昼間は1~2時間毎に2両編成のディーゼルカーがのんびりと走っている路線で、日本のローカル線と似たような雰囲気だった。非冷房の車両もあるようだったが、幸い、乗車した列車は冷房付きの車両だった。内陸のファブリアーノというところが始発駅だったが、ガラガラの状態。いずこもローカル線を取り巻く状況は厳しそうだ。

ローカル線の小さな駅で列車交換

 列車は、のどかに東に向かって進む。次の駅では対向列車との行き違い。非電化単線の路線なのだ。やがて列車はひまわり畑の脇を通過する。映画で見たような情景に感動した。イタリアは小高い丘の上に街があるところが多い。線路は谷間の低地に敷いてあるので、遠くの丘の上に街並みが見えるのがイタリアの田舎の車窓風景だ。

チヴィタノーヴァの駅舎

 30分ほど乗車すると、列車の終点チヴィタノーヴァに到着した。他の地域にも同名の地名があるようで、チヴィタノーヴァ・M(マルケ)と駅名標には記されていた。ここで、アドリア海岸に沿って走る幹線に乗り換えだ。ローマのある地中海がイタリアの表側なら、アドリア海は反対側、日本で言えば日本海に沿って走る北陸本線といった感じだろう。

アドリア海岸を探索し、港町アンコーナへ

チヴィタノーヴァの海岸

 せっかくなので、乗り換える前に駅周辺を散策してみた。駅前の並木道を歩いていくと、すぐに海岸に出た。真夏の暑い日だったので、海水浴場はものすごい人出だ。砂浜にはカラフルなビーチパラソルが開き、水着姿の男女が楽し気に寛いでいる。ここにはカジノもあり、一大レジャーエリアとして賑わっていた。

高速列車が猛スピードで通過

 駅に戻る。幹線を少し北上してマルケ州の州都でもある港町アンコーナに行ってみようと考えた。次の列車を待っている間に、新幹線スタイルの高速列車が恐ろしいほどのスピードで駆け抜けていった。ホームドアはおろか安全柵もない。地平を走る在来線で、これほどのスピードを出すとは驚いた。

 しばらくすると電気機関車に牽かれた普通列車がやってきた。10分ほど遅れているらしい。以前は出鱈目な運行状況だという話を聞いたことがあるが、この頃のイタリアの鉄道は、ドイツやスイスあたりとそれほど変わらない様子だった。10分ほどの遅れは、ダイヤ乱れと見なさないのは、ヨーロッパの共通の感覚のようだ。

普通列車が到着

 車体に落書きが描かれたりしてお世辞にもきれいな車両とは思えないが、車内に入ると意外にもこざっぱりとして清潔感にあふれていたのには感心した。この列車もガラガラで、クロスシートの座席はより取り見取りだったので、進行方向右側、海が見える方に陣取った。走り出すとアドリア海に沿って走る。

 真夏の青い海。海水浴場でないところは人の気配がなく、列車の走行音と波音だけが聞こえてくるようだった。各駅停車なので、名も知らぬ小さな駅にひとつづつ停まっていく。「世界の車窓から」の映像を見ているような気分だ。

車窓から見えたアドリア海

 チヴィタノーヴァ・マルケ駅から30分足らずでアンコーナ駅に到着。構内は広い。このあたりの拠点駅といった雰囲気だ。駅舎は、上野駅、両国駅、小樽駅のような旧国鉄の標準スタイルの四角い建物にどことなく似ている。これもイタリアの標準的な駅舎なのだろうか?

アンコーナの駅舎

 駅を後にして街中を歩いてみた。ボローニャあたりで有名なポルチコと呼ばれる回廊があり、歩道として歩いているといかにもイタリアの街だなあと思う。暑い午後のためか人はほとんど見かけず、街全体が昼寝をしているようだった。15分ほど歩いただろうか、港が見えてきた。意外に大きな客船が何隻も停泊している。

アンコーナの港

 アンコーナはアドリア海の対岸にあたるクロアチアやギリシャとを結ぶ航路の拠点なのだ。帰ってから地図を見ると、確かに東ヨーロッパは目と鼻の先だ。いつか、こうした航路を利用して未知の国々を訪れることができたらとも思う。身軽なバッグだけでやってきたので、衝動的に旅立つわけにもいかず、おとなしく来た道を戻った。

 港に出入りしている鉄道があるようで、短い編成の電車が走っていた。気にはなったが、暑いので駅を探して歩き回るのも面倒になり、おとなしく来た道をたどってアンコーナの駅に戻る。帰りは急行列車に乗り、チヴィタノーヴァ乗り換えでマチェラータに戻った。

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野田 隆

のだ・たかし 1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。

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