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高知東生『ありのまま生きる』WEB版【第4回】自分を好きになるには、まず与えられた自分の器に満足すること

著:高知東生 撮影:増本雅人

講演、出版、SNSで依存症への理解を広める発信が話題を呼び、今や俳優業に留まらず、作詞に小説執筆とマルチに活躍する高知東生さん。芸能界の第一線から一度は地の底に落ちた男がいま、ありのままの自分を語る。雑誌『一個人』の大好評連載のWEB増量版第4回!


人は嘘をつくたび自分を嫌いになっていく

 僕は、自分が嫌いでした。
 僕に限らず、依存症者は自分を嫌っている人が多いと思います。もっと言えば、見捨てていたり、諦めている状況があまりにも長くなりすぎて、嫌っていることにも気づけなくなっています。それはそうでしょう。まず、依存症者は嘘をつきます。違法である薬物なら、そんなことはやっているはずもないと、やっている素振りもみせません。アルコール、処方薬・市販薬、ギャンブルといった、依存しているもの自体に違法性がない場合は、「この程度なら問題ない」「やめようと思えばいつでもやめられる」と、自分を誤魔化しています。でも、心の奥底では、依存症のせいで常に問題を抱え、人とのトラブルが絶えず、そしてやめようと思ってもやめられない自分に気付いています。そしてそんな自分を責め続けています。こんな状況に陥って、自分を好きでいられる訳がありません。


 では、自分に嘘をついているのは、依存症者だけでしょうか。
 いじめに見て見ぬ振りをする教師や学生、誹謗中傷を繰り返す匿名モンスター、SNSでキラキラした世界を演出する若者、家族のアラ探しばかりして小言を繰り返す親、他人の幸福や幸運に嫉妬する大人達、上司に媚びを売る中間管理職。こうして人は自分に小さな嘘をつき、そんな自分を嫌いになっていきます。


 人はなぜ嘘をつくのでしょうか?それは嘘によって自分を守った成功体験があることも大きいのではないかと思います。
 体調不良と嘘をついて会社をサボれた。他人の妬ましい幸福になんでもない振りをしてプライドを保つ。見て見ぬ振りでトラブルを避ける。こんな風に人は小さな嘘で成功体験を得たことが誰にでもあるのではないでしょうか。
 かくいう僕も、もちろん沢山の嘘をついてきました。浮気がバレないように画策し、俳優仲間が良い役を大抜擢されれば事務所の力だと自分に言い聞かせ、何よりも「クスリなんかみんなやってる遊びだ」と言い訳してきました。そしてそれはある程度成功してきました。


 けれども無意識下の自分は自分の嘘に気付いています。心の奥底で、自分の嘘を激しく非難している自分もいました。本命の奥さんや恋人に申し訳ない。同業者のあいつは確かに良い演技をする。クスリをこのままやっていたら俺はいつか大変なことになる。こんな風に現実を客観的に直視できる自分もいたのです。でも、その客観的な自分を黙らせるために、頭の中の嘘の声はひっきりなしにささやき続けてきました。
 この一連の頭の中の構造を僕の感覚で解説すると、強い刺激、感情、快感にさらされ続けて、脳が慣れてしまい通常運転では物足りなくなってしまう。つまり暴走族のようなものです。そして現代はなにも薬物だけでなく、この強い刺激にあふれています。
 ネットは24時間繋がりっぱなしで、他人の自慢話、理不尽なニュース、赤の他人への誹謗中傷を否応なく目にします。リアルな社会でも、技術革新はどんどん進み、一人に求められるスキルが昔とは比べものにならないほどあがっています。にもかかわらず、長期化した不景気のため、不安や緊張感といった強い悪感情が社会全体に蔓延しているように感じます。
 こんな悪循環が当たり前になっていくと、自分の行動や感情を正当化する嘘を頻繁につかなくてはならないのも仕方ないかもしれません。


 しかし、嘘を重ねることで自分という大切な器自体を傷つけ、嫌いになってしまいます。言うなれば、ひび割れた器に水を溜めようとしても水漏れしてしまい、水くみの回数や一度に運ぶ水の量を増やしヘトヘトになってもう溜まらない。そんな状況に「もうこんな器は嫌だ」と、自分自身に怒りを感じ、諦めてしまう状況です。人間は自分という器を交換できません。ではどうすれば良いのか。それは器の傷を修復するしかありません。
 自分を好きになるには、まず与えられた自分の器に満足することが大切だと僕は思っています。
 人の感覚はさまざまです。巨大なものに惹かれるかと思えば、極小の世界にも魅了されます。精巧な細工に心奪われることもあれば、シンプルなもので身の回り品を揃えたりもします。
 カフェなどで広く使われているデュラレックスのグラスを、江戸切り子と比較して優劣をつけたりしないですよね。それぞれの器に用途と特徴があります。

自分の器を自分自身で試しその特徴を知る

 でも、自分の器に満足すること、これが本当に難しいですよね。
 僕は、勝新太郎さんが大好きで、勝さんのように色気があって、豪快かつ繊細な演技に魅了されていました。そしてあの破天荒な生き方!あんな風になりたいと憧れてもいました。
 勝さんにお目にかかったときに「真似るところから学び、真似られる人間になれ」という言葉を頂き、座右の銘にもしていました。当時はこの言葉の深い意味がわかっていなくて、僕は、お察しの通り、勝さんの破天荒な生き方の方ばかり真似てしまいました。そしてそれは自分に嘘をつく格好の言い訳になってしまいました。
 勝さんは僕に「俺に憧れ、真似してもいい。でもどんなに真似てもお前は勝新太郎にはなれない。真似ていくうちに、高知東生という俳優を確立しろ」と、仰りたかったのだと今なら分かります。


 容姿、出自、才能、頭脳、健康、自分の器は自分には全く関係のないところで、天から勝手に与えられます。それはものすごく理不尽で不平等で、残酷です。だからこそ「与えられた器で満足するしかない」という現実を人はなかなか受け入れられず苦しみます。
 まず自分の器を自分自身が試し、磨き、手入れをし、どういう特徴なのか知り尽くすこと。どんなことを好み、どんなことに向き、どんなことで自信をもてるのか、人は案外自分のことを分かっていません。それは他者の器を眺めてばかりいるからです。お猪口に「何でこれしか入らないんだ!」と怒りをぶつける人がいるでしょうか。「俺はビールジョッキのように豪快になりたいんだ!」とお猪口が思うでしょうか。ところが人間だけは、お猪口がジョッキになりたいという比較をしてしまいます。そして自分を傷つけ、「本当はジョッキになれるんだけどさぁ、面倒だからやらないだけ」と嘘をつきます。こうしてお猪口は乱暴に扱われ、フチが欠け、ひび割れてしまっていきます。


 自分を嫌いにならないためには、まず自分自信が自分に対して乱暴に扱ってきたことを謝る。そして自分という器は、どういう特徴があって、どんな使い方をしてあげれば、一番輝けるのか、役に立つのか、過去を振り返り、自分に向き合ってみることです。独りよがりにならないよう、できれば信頼できる人や、親友に客観的な意見も聞いてみるのもいいかもしれません。
 そして案外大事なことは、「脳の休ませ方」について見つけておくことです。だらだらとYoutubeを観ているような休息方法は、案外脳に刺激を与え続け、逆効果かもしれません。僕は、最近ウォーキングをすることにしています。
 自分の器の特徴を詳しく知り、受け入れること。そうすれば自分を誤魔化す嘘が減り、自分を嫌いにならずにすむ。最近の僕はこんな風に思っています。

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