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フランクフルトのリンゴ酒電車~思い出のヨーロッパ鉄道紀行~|ドイツ東部の小さなSL列車

 2001年夏のヨーロッパ旅行の終盤、ドイツ各地とチェコを巡り帰国便の出発するドイツのフランクフルトに戻ってきた。帰国の前日はとくに予定を入れておらず、市内を散策するか、買い物でもするかと考えていた。ところが、たまたま土曜日だったので、トラム(路面電車)のイベント車両である「リンゴ酒電車」(Ebbelwei Express)が午後走ることを思い出した。それで、ランチを食べたあと、のんびりと中央駅前の電停に向かった。

中央駅前に姿を見せたリンゴ酒電車

 何本か普通の路面電車をやり過ごした後、お目当ての「リンゴ酒電車」がやってきた。
 停車してドアが開いたので、乗ろうとしたら、車掌が「Nein,Nein(ダメ、ダメ)」と制止するではないか。「なぜ?」と尋ねると「満員だから乗れない」とのこと。ガッカリだ。数分後に、「リンゴ酒電車」は近くをぐるりと回って戻ってきたのだが、今度は停車もしないで通過していった。

 市内を一周して40分後に戻って来るので、再びトライしてもいいのだが、また乗車拒否されるかもしれない。冷静になって、リンゴ酒電車の時刻表とルートをプリントアウトしてきたものでチェックしてみる。すると、市内を一周するルートで、中央駅とは反対側に位置するHeide Strasse(ハイデ・シュトラーセ<通り>)で15分ほど停車をすることになっているのに気づいた。
 最悪、じっくりと車両の写真だけでも撮って引き上げようか?市内の電車とバスの路線図を調べると、Uバーン(地下鉄)ならショートカットで先回りできることが判明。
 さっそく地下鉄でハイデ・シュトラーセ駅の近くにあるボーレンハイム・ミッテ駅に向かう。乗車時間は10分ほどであった。

ハイデ・シュトラーセの車庫

 ハイデ・シュトラーセ駅は路面電車の車庫があるところ。15分も停車する理由が分かった。車庫の電車を撮影して時間をつぶしていると、先ほどの「リンゴ酒電車」がやってきた。ここで何人もの乗客が下車したので、今度は、車掌が愛想よく車内へ案内してくれる。この駅まで来た甲斐があった。

 15分ほど停車するので、席を確保した後は、一旦外に出て何枚かリンゴ酒電車の記念写真を撮ってみた。旧型車両ではあるけれど車体はカラフルで華やかだ。よく見ると、フランクフルトの名所や、ここ出身の文豪ゲーテの似顔絵まで描いてある。

ハイデ・シュトラーセに到着したリンゴ酒電車

 運転台の脇のドアから中に戻り、よく眺めるとレトロ感満載の車内だ。狭い上に、クロスシートのテーブル席なので数えてみると定員は22名。若干の立席を認めても30人も乗れないだろう。絵葉書では3両連結になっていたが、この日は1両のみ。これでは途中駅から乗り込むのは至難の業だ。呑兵衛の同行者は、席に着くとともにさっそく呑み始めてご機嫌だ。

レトロな運転台付近

 青く塗られた天井には裸電球が並んでいて、それぞれ赤、緑、黄、青と色とりどりだ。そのまわりには黄色い星の絵が描かれている。さらに天井の周辺には蝶々や三日月などのイラストが赤や黄色の派手な色合いで取り囲み、お祭りムード一杯だ。窓にも絵が描いてあり、外面の赤を基調とした鮮やかで賑やかなデザインと見事に調和している。

素朴な天井の飾りつけ

 さあ、いよいよ出発。5ユーロ(現在は8ユーロ)払うと、リンゴ酒のボトル1本とおつまみのスナックを渡された。子供やお酒が飲めない人には、リンゴジュースかミネラルウォーターが用意されている。
 ボトルのラベルは「リンゴ電車」のイラスト入り。写真を撮っただけなのか、持ち帰ったのかは忘れてしまった。電車は結構無造作に急カーブを曲がるので、テーブルにはかなり深い穴が掘ってあり、そこにボトルやコップを差し込んで転倒を防ぐようになっている。
 こういう用意周到さはいかにもドイツ的だ。

リンゴ酒のボトルとおつまみのブレッツェル

 フランクフルトは何回も訪れているのに、これまで足を踏み入れたこともない馴染みのない通りを進む。ところどころの電停で待っていた乗客に車掌が満席だと言って断りの挨拶をする。がっかりした子供にはおつまみ用のスナック菓子を配って慰める配慮も忘れない。

 いつしか車内ではBGMが流れ出した。真夏なのに、季節外れの「ジングルベル、ジングルベル・・・」のメロディ。耳を澄ますと、「アプェルワイン(リンゴ酒)、アプェルワイン、・・・」という替え歌。口ずさむ人もいて、車内は居酒屋の雰囲気で盛り上がってきた。

 電車も酔いしれたように狭い裏道を千鳥足のようによたよたと徘徊し、中央駅の先でぐるりと一周して向きを変える。再び中央駅前を過ぎ、マイン河に架かるフリーデンス橋を渡って、リンゴ酒の本場ザクセンハウゼン地区をゆっくりと進む。そのあとのことは、ほろ酔い気分だったので、忘れてしまったけれど、(たぶん)1周半して中央駅前で降りたようだ。

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野田 隆

のだ・たかし 1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。

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