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連載

デンマーク北辺の旅~思い出のヨーロッパ鉄道紀行~|港町フレゼリクスハウンからローカル列車に乗る

港町フレゼリクスハウン

フレゼリクスハウンで見かけた白い円塔

 スウェーデン第2の都会ヨーテボリの港からフェリーに乗ること3時間。波静かなカテガット海峡を横切ってデンマークの北辺にある港町フレゼリクスハウンに到着した。4月上旬とはいえ、北欧は、まだまだ肌寒い。四半世紀前、1990年代後半のことである。
 スウェーデンからデンマークに着いたので、外国人にはパスポートチェックがあった。それほど人がいなかったにもかかわらず、のんびりした対応だったので、ずいぶん時間がかかった。もっとも、過密スケジュールではないので焦ることもない。
 港を出ると、鉄道の駅までは歩いて10分ほどだった。快晴だが、港の空気は冷たい。観光シーズンではないせいもあり、街を歩く人はほとんどいない。初めての街だったのでタクシーに乗ることはせず、散策がてらとぼとぼと一人寂しく駅に向かう。
途中、白い円筒の建物が目に留まる。17世紀に建造された火薬庫だそうだ。さらに進むと、街のはずれに天に向かって伸びていくような尖塔をもつ教会があり、その向かいの小さな平屋の建物がフレゼリクスハウン駅だった。

フレゼリクスハウン駅前の教会
フレゼリクスハウン駅

各駅停車で南下

 国鉄(DSB)の駅としては最北端であり、稚内駅か根室駅のような最果ての駅という雰囲気である。ホームを覆うドームはなく、非電化で架線のない路線なので、澄み切った青空が広がっていてすがすがしい。すでに2両編成のディーゼルカーがアイドリングして出発を待っていた。
先頭車両は喫煙可だったので、後ろの禁煙車を選ぶ。ダークレッドの車体の下半分が剥げかかったようなボロボロの車体だ。侘しく落ち込むような気分になって乗り込む。ところが車内は、外観とは打って変わって小ぎれいに整えられている。4人向かい合わせのクロスシートもゆったりとしたソファーのような座席だ。ローカルな普通列車とは思えない設備にホッとした。
 それまでどこにいたのか、まるで突然降ってわいたように、三々五々乗客が乗り込んできて、どのボックス席も最低一人は座っている。
 定刻より一呼吸するくらいの遅れで発車。小さいながらもデンマークの北のはずれのターミナルなので、駅のはずれのヤードには雑多な車両が休んでいた。
 海に沿って走り出した頃、若い女性の車掌が検札に現れた。茶系の制服が野暮ったいので地味な感じだが、鮮やかなファッションに身を包めば振り返りたくなるような美人である。そういえば、駅の窓口にいた係員も女性だった。デンマークを始めとする北欧は、女性の社会進出が、当時すでに日本とは比較にならないほどで、鉄道員一つを取ってみてもそうした様子は肌で感じることができた。

フレゼリクスハウン駅から乗ったローカル列車

 列車は荒涼とした原野や林の中を抜けていく。かすかに波打つように起伏する丘陵地、時折車窓に現れる家屋は少々うらぶれた感じで侘しい。
 集落が現れると小さな駅がある。列車は、そのひとつひとつに丹念に停車していく。小さな駅ばかりだが、駅舎が小奇麗に黄色く塗られていて、周囲の白い壁の民家とほどよく調和している。何人か降りると、それをほんの少し上回るくらいの新たな乗客が乗り込んできて、車内はだんだんと賑やかになってきた。顔見知りの客が多いようで、車掌も加わってボックス席で談笑している。こうしたローカル列車の雰囲気は世界共通かもしれない。

途中の停車駅の様子

次第に混みあうローカル列車

 快晴ではあるものの風は冷たそうだが、窓が開かず外界と隔てられた車内はポカポカと温かい。線路が曲がりくねっていて、陽のあたる側に差しかかると、席は暑いくらいになる。車窓の情景はあまり変化がないけれど、ユトランド(ユーラン)半島をしばらく西へ向かっていた列車は、左にカーブして南へ南へと歩を進める。牧草地が多く、宗谷本線か根室本線の釧路以東の花咲線を走っているような気分である。
 南へ向かうほど乗客が増えてきたようで、車内を見渡すと、席に座れなくて立ったままの人もいる。北辺を走る寂しい列車という雰囲気ではなくなってきた。

リムフィヨルドを渡る

 列車は大きな白い風車が林立しているところを通過した。20個や30個はあるのではないだろうか。大きな羽根が、どれも時計とは反対方向にくるくると回っている。なかなか壮観だ。山のほとんどないデンマークではノルウェーのように水力発電はできない。風力発電に頼っているようで、デンマークや北ドイツを旅しているといたるところで出くわす風景である。
 ここまで順調に走ってきたが、駅でも何でもないところで停車してしまった。単線なので対向列車が遅れていたようだ。信号場だったようで、対向列車とすれ違うと、再びスピードを上げて走りだした。
 単調な車窓風景が続くうちに、突然、鉄橋を渡る。河ではなく海。リム・フィヨルドという穏やかな入り江だ。フィヨルドとは言っても、ノルウェーのような断崖絶壁とは異なる。ちょっと見ると、運河のようでもあった。渡りきるとオールボーに到着。このローカル列車の終点だ。

特急列車に乗り継いでオーフスへ

オールボーで特急に乗り換え

 オールボー駅では特急列車インターシティに乗り換える。降りたホームの反対側に純白の車両が停まっていたので分かりやすい。私をはじめ何人かの乗客が乗り込むと、インターシティは慌ただしく駅を後にした。
ユーレイルパスを持っているので、特急列車では1等車に座る。それまで乗っていたローカル列車とは数段上等なのと乗客が少ないので車内はきわめて静かだ。走行音も気にならないほどの快適さである。複線の幹線に乗り入れたようで、ぐんぐんスピードを上げていくが揺れも少ない。
 特急列車の車掌は男性だった。行先を訊くのでオーフスまでと答えたら、リモコンを取り出し、ボタン操作している。何をするのかと見ていると、座席の上方にある荷棚の手すりのような黒い部分に送信。すると、そこに「オールボーからオーフスまで」というオレンジ色の文字が映し出された。これで席が確保されたわけで、トイレに立って席を離れても安心だ。四半世紀前に、すでにこのようなシステムを取り入れていたとは、デンマーク国鉄は大したものである。

座席の予約がない時
特急の車内で見かけたユーモラスなイラスト

 この車両はハイテクが取り入れられているものの、車内の壁にはユーモラスなイラストが描かれていて、ハード面のみならずソフト面でも快適に過ごせるように工夫されていた。車内の色使いにも優れ、さすがデザイン大国デンマークの列車だった。
 特急列車に乗ること1時間半ほどでオーフスに到着。この日の鉄道旅は、これにて終了。あらかじめ予約してあったホテルに向かった。

オーフス駅
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野田 隆

のだ・たかし 1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。

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