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悲しみが漂う冬の怪談 ー雪とともに訪れるものたちー|怪奇、悲哀…冬の怪談 #02『雪降る夜の訪問者は…」

 次の話はいつの時代のものかはっきりしない。おそらく大正から昭和の初め頃ではないかと思われる。
 舞台は信州の山の中の旅館。観光旅館などではなく、行商人などが泊まる粗末な宿であろう。

 ある吹雪の晩、夜更けに宿の戸を叩く者があった。
 宿のおかみが戸を開けてみると、中年の男が雪まみれになって立っていた。

 男が「雪で道に迷ってしまったので泊めてほしい」と言うので、おかみは泊めてやろうとしたのだが、いつの間にか奥の部屋から出てきていたおかみの子が、母の袖を引いておいおい泣き出してしまった。

 おかみは息子をなだめて泣きやませようとしたが、その子は男を指さして「恐い恐い」と言って泣きじゃくる一方だった。そのうち婆さまも出てきたが孫の様子を見るなり、こう言った。
 「この泣き方は尋常のことではない。気の毒だが、お断わりしよう」
 そこでおかみが男に「今日はお泊めすることができません」と伝えると、彼は文句も言わずに去っていった。

 翌朝、旅館に刑事が訪ねてきた。
 刑事は男の写真を見せ「この男を見かけなかったか」と言った。そこでおかみは昨夜の出来事を話し、その男が何かしたのかとたずねた。すると刑事は、男は麓の町で女を刺し殺したのだと答えた。

 刑事が帰った後、おかみは息子に「どうして昨夜は旅の男の人を見て泣いたんだい?」と聞いた。
 子どもはまた泣きそうな顔になって、こう言った。
「だって…おじさんの肩に…血まみれの女の人がおぶさって笑っていたんだもの」

 今でもこの話は家庭内の出来事に変容して語り継がれている。

 とある街の郊外に住む夫婦。
 二人の間には幼い男の子があったが、夫婦仲はとても悪く、毎日のようにケンカをし、暴力沙汰になることも少なくなかった。
 ある時、夫はついに妻を殺してしまった。彼は妻の死体を車に載せて山奥に捨ててくると、息子には「お母さんは長い旅に出た」と言っておいた。息子は変な顔をして父を見返していたが、なにも言わなかった。

 その日から息子は時折、父親のことをじっと見つめるようになった。あまりに熱心に見つめてくるので男も気になって、「どうしてそんなにお父さんのことを見るんだい?」とたずねてみた。
 すると息子は不思議そうな顔で、こう言ったのだった。

「なんでお母さんのことをずっとおんぶしているの?」

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渋谷 申博

しぶや・のぶひろ 1960年東京都生まれ。早稲田大学卒業。
 神道・仏教など日本の宗教史に関わる執筆活動をするかたわら、全国の社寺・聖地・聖地鉄道などのフィールドワークを続けている。
著書は『図解 はじめての神道と仏教』(ワン・パブリッシング )、『一生に一度は参拝したい全国のお寺めぐり』、『聖地鉄道めぐり』、『秘境神社めぐり』、『歴史さんぽ 東京の神社・お寺めぐり』、『一生に一度は参拝したい全国の神社』、『全国 天皇家ゆかりの神社・お寺めぐり』(G.B.)、『神社に秘められた日本書紀の謎』(宝島社)、『諸国神社 一宮・二宮・三宮』(山川出版社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』(日本文芸社)など多数。

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