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北欧への旅、バルト海を客車航送する「渡り鳥コース」~思い出のヨーロッパの鉄道紀行~|ドイツと北欧のデンマークを結んでいた国際航路

ハンブルク中央駅で発車を待つ国際列車トーマス・マン号

 青函連絡船と宇高連絡船は思い出の彼方へと消え、連絡船で客車を航送したのも1950年代に起こった複数の海難事故でとうの昔に中止となり、体験した人は相当の高齢者以外いないであろう。しかし、ヨーロッパにおいては、連絡船での客車航送は少なくなったとはいえ、今なお行われている。その中で、惜しくも2019年末をもって廃止となったドイツと北欧のデンマークを結んでいた国際航路は何度もお世話になった馴染みのルートだった。渡り鳥の飛来経路と重なるため「渡り鳥コース」Vogelfluglinieと呼ばれた列車と船の旅を1996年頃の体験をメインに回想してみたい。

ハンブルク(ドイツ)とコペンハーゲン(デンマーク)を結ぶ国際列車に乗って

 旅の起点はドイツ第2の都市ハンブルクの中央駅。その薄暗い構内にディーゼルエンジンの唸りを響かせて北欧への旅は始まった。国際列車EuroCity の列車名は「トーマス・マン」。途中の停車駅リューベック生まれの大作家に由来した愛称だ。

トーマス・マン号の行先表示板

 ハンブルクの古びた街並みを見ながら列車は北東に向かう。国際列車も走る重要なルートで複線ではあるが、当時は非電化でディーゼル機関車牽引の客車列車やディーゼルカーが行き交っていた。北ドイツ特有の広々とした平原を40分近く進むと車窓には教会の尖塔がいくつも見えてくる。旧市街が世界遺産に登録されているリューベックで、列車名にもなっている文豪トーマス・マンの故郷でもある。リューベックには2回ほど滞在したことがあるけれど、重厚な街並みは歴史を感じさせる落ち着いた雰囲気だった。

世界遺産の街リューベックに到着

 蒸気機関車の時代から使い込まれたと思われるくすんで古色蒼然としたドームに覆われたリューベック中央駅を発車すると、列車はさらに北東を目指す。いつしか単線となり、道東の根室本線を思わせる蕭条とした人家もない荒野をひた走ると、道路と一緒に海を渡る。途中にある大きなアーチが特徴のフェーマルン橋で、日本からドイツへ向かう航空機からも見たことがある。ヨーロッパ大陸を後にフェーマルン島に上陸した列車は、島の北東端にあるプットガルデンに到着する。ここまでハンブルクから、およそ1時間30分だった。

リューベックを発車
フェーマルン橋を渡る

 しばらく停車したのち、先頭の機関車が切り離され、後ろから入換用の機関車に押されて客車は前進。通路の窓から見ていると、車両は前方に停泊している連絡船の中へそろりそろりと入っていく。長い編成の列車の場合、2~3両ごとに分割して、船に積み込んでいた。

連絡船に積み込まれる客車
バルト海を横断する連絡船

 車内からは船倉の白い壁が見えるだけなので、昼寝をしたい人以外は皆客車から降りて船内に移動する。狭い通路を進むと船上への階段があり、甲板や船内のレストラン、売店に向かう。

 準備が整ったところで出帆。プットガルデンの港を出てバルト海を横断する。旅したのは夏だったけれど、潮風は冷たく、しばらく海上の情景を楽しんだ後は、レストランに足を運んだ。高級なレストランよりもカフェテリアが人気で、ランチを摂ることにした。デンマーク名物のスモーブローというオープンサンドウィッチを食べてみた。小さなパンにスモークサーモンやエビを乗せてあるのが私の口に合った。デンマーク・ビールが良く合う。ちなみに国際航路の公海上なので酒類は免税となり安価だ。それを知って酒類を大量に買い込んでいく現地の人も多数いた。他には、日本製のゲームや小型電化製品もよく売れているようだった。

連絡船内の売店

 1時間ほどでデンマーク側の港ロービューに近づく。再び客車に乗ると、そのまま上陸。デンマーク鉄道DSBの赤い客車と連結され、デンマーク国内の旅が始まる。デンマークはドイツから続くユーラン(ユトランド)半島以外は、いくつかの島から構成され、首都のコペンハーゲンはシェラン島にある。デンマーク上陸の第一歩となったロービューはロラン島にある。渡り鳥コースの愛称のように、列車は、これから島伝いに進んでいく。狭い海峡を鉄橋で越えるので、ボーっとしていると気づかないけれど、ロラン島、ファルスター島、そしてシェラン島と駒を進めていくのだ。

デンマーク上陸

 デンマークは平地の国で、島と言えども日本のように山が屹立しているわけではない。なだらかな丘陵地をひた走り、やがて古都ロスキレからは首都圏に入ったようだ。やがてコペンハーゲン近郊を走る赤い電車と並走するようになり、デンマーク産として日本でも売られているカールスベア(英語名カールスバーグ)のビール工場の脇をかすめると、減速してコペンハーゲン中央駅に到着となる。

ビール工場の脇を通過すればコペンハーゲン中央駅はもうすぐだ
コペンハーゲン中央駅に到着

 ハンブルクから5時間。所要時間はやや長いけれど、途中で船旅が挟まるので気分転換になり、変化にとんだ旅だった。現在の国際ルートは、ハンブルクから北上してユトランド半島から海を2回、鉄橋とトンネルで渡り、童話作家アンデルセンの故郷オーデンセ経由の経路に代わってしまった。渡り鳥コースには海底トンネルを掘って、近代的ルートに改良する工事が行われているとのこと。船旅の楽しみは消えてしまったけれど、将来の新・渡り鳥コースに期待したいと思う。

コペンハーゲン中央駅の駅舎
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野田 隆

のだ・たかし 1952年名古屋生まれ。日本旅行作家協会理事。早稲田大学大学院修了。 蒸気機関車D51を見て育った生まれつきの鉄道ファン。国内はもとよりヨーロッパの鉄道の旅に関する著書多数。近著に『ニッポンの「ざんねん」な鉄道』『シニア鉄道旅のすすめ』など。

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