オスロ中央駅からベルゲン駅へ
ノルウェーの、というよりも北欧、いやヨーロッパの絶景路線として人気のある首都オスロから第2の都市ベルゲンに至る489㎞の路線を走る急行列車。正式の愛称はないけれど、世間では「ベルゲン急行」と呼ばれている。21世紀に入って一時高速電車が使用されたこともあるけれど、現在では電気機関車牽引の列車に戻っている。
私は1996年夏に全線を走破した。当時、1日に数往復している急行列車には新型客車も使われていたけれど、私が乗った列車はいわゆる旧型客車による編成だった。いかにも汽車旅にふさわしい車両。オスロ中央駅からベルゲン駅までの7時間40分ほどの旅を振り返ってみよう。
胸を張ったように先頭が「く」の字形に尖った電気機関車に牽引された13両編成の列車がベルゲン行きの急行列車だった。機関車も客車も赤茶色のシックな装いである。ユーレイルパスを持っていたので私は10両目の1等車に乗車した。車内はコンパートメントではなく座席車。通路を挟んで2人掛けと1人掛けのゆったりしたシートが並んでいる。落ち着いたインテリアで応接間のような雰囲気だ。乗客のほとんどが観光客で、ヨーロッパ各国、アメリカ、それに日本や韓国などアジア系も混じっていた。
ほぼ定刻通り10時48分に発車。まずは地下トンネルにもぐり都心の駅を通過、地上に出るとオスロ郊外を走る。車窓が単調なうちに食堂車に向かう。ランチタイム前だったので定食は頼めず、シーフードサラダを注文。とは言え、大変なボリュームでビールを飲みながら食べると満腹になってしまった。
いつしか列車は単線区間に入り、右に大きな湖を見ながら進むとホンネフォスに停車。朝ベルゲンを出た列車とすれ違う。
発車すると山越えにかかる。谷間や向こう側の斜面の様子は箱庭的で、ヨーロッパというよりは日本的な懐かしい情景だ。険しい山々が海に迫る半島の国だからだろうか?
オスロを出て3時間半ほどでゴル駅着。側線が何本も並ぶかなり大きな駅だ。標高は207m。ここから本格的な山越え区間が始まる。右側に川を見ながらぐんぐん登っていく。単線なので、ときどき対向列車待ちのため小休止する。旅客列車のみならず長い編成の貨物列車ともすれ違う。ノルウェーばかりでなく北欧各国やフランス、イタリアの貨車もつながっていて国際的だ。
森の中を抜け、高原状のところに出るとヤイロ駅に到着。駅名標の脇に標高794mという表示がある。かなり登ってきたが、最高点には程遠い。駅の近くに瀟洒なホテルが建っていた。ウィンタースポーツの中心地だそうだ。
さらに登り、トンネルが連続する区間に差しかかる。雪除けのスノーシェッドもくぐる。木製の古いもので、木と木の隙間から陽の光が漏れてくる。高原状の地形が続き、山がなだらかに広がっていた。湖畔の駅ウスタオーセは標高990m。降りた人が去ってしまうと人気のない静かな駅となり、湖岸に打ち寄せる波の音だけが聞こえてくる。
まもなく発車。湖が見えなくなると岩場が現れる。荒涼たる風景で、SF映画の惑星シーンなどのロケ地に使われたとも聞いた。しばらくするとフィンセ駅に到着。ノルウェー語と英語のアナウンスでノルウェーの中で最高地点にある駅だと説明してくれる。標高は1222mだ。ホームの背後にある山には氷河が横たわっている。何とも迫力ある情景だ。
発車してすぐに長いトンネルに入る。この路線最長のトンネルで10㎞ほど、10分くらいの間、闇の中を走る。このトンネルが分水嶺になっているようで、抜けると列車は軽やかに山道を下っていく。遠くにフィヨルドが見えてくる。荘厳な情景には息を呑む。そのフィヨルドの谷のほとりにある街フロムへ向かう支線への乗換駅がミュールダール(標高867m)だ。ここで乗り換えてフロムへ向かうのが観光ルートになっているので大勢の観光客が下車する。私はベルゲンに到着した翌日にここまで戻ってくる予定なので、下車しない。まずは、この列車を終点まで乗り通したいのだ。
左右に滝が見える区間を通り過ぎ、人家が増えてくると久しぶりの街が現れヴォス駅に到着。標高56mと書かれているので、山越えは終わったかのようだ。先ほどのミュールダールで乗り換え、フィヨルドクルーズを楽しむとバスでここヴォスまで送ってくれる。そうしたツアー帰りの客が乗り込んできて、列車は再び賑やかになった。
ヴォスから終点ベルゲンまでは1時間少々。オスロから乗り通すと疲れでボーっとしてしまうが、この区間だけでも見どころは多い。帰路の列車ではお昼前だったこともあり、じっくりと往路では見逃していた車窓を堪能できた。
トンネルを抜け、左手に入り江が見えると終点のベルゲン駅だ。こじんまりとはしているけれどドームで覆われた終着駅にふさわしい構内である。天井近くに白字で書かれていた「ようこそベルゲンへ」の文字が目に留まる。丸一日かけてやってきた港町ベルゲン。この街出身の作曲家グリーグのピアノ協奏曲のフィナーレのような高揚した気分で駅を出た。