高速列車や斬新なデザインの電車が走るなど、電化区間の話題が多いイタリアには非電化ローカル線もある。幹線に比べてあまり知られていないが、今回は、イタリア北東部ドロミテ山塊周辺を走る列車に乗った旅をご紹介しよう。
世界遺産ドロミテ山塊が車窓に
旅のはじまりは、ミラノとヴェネツィアを結ぶ幹線上にあるパドヴァ駅。途中のヴェローナよりも東に位置する大学都市で、ここが今回乗車するローカル線の起点だ。ヴェローナから乗車した特急列車を降り、階段を上下してローカル線のホームにあがると、すでにベルーノ行きの3両編成のディーゼルカーが停車中だった。
ホームから眺めたところ、一番後ろの車両が空いていたので、高いステップをよじ登るようにしてスーツケースを上げて中へ入る。2009年8月のことで、車内はガラガラだが蒸し暑い。午後も4時を過ぎると、西日がまともに窓から射し込み耐えられない。窓が開いているので冷房はないようだ。ふと隣の車両をのぞくと結構混んでいるのだが、空いている席はないものかと様子を見に行くと、そちらは冷房が効いている。混んでいても、冷房車の方が快適だ。予定では2時間ほど乗車することになっている。
車内は、ほぼ満員で、4人掛けボックス席の通路側しか空いていなかった。車窓を楽しむには不適だが、窓側は眩しそうだし、こうしたローカル列車は、次第に乗客が減っていくのが常だから、景色がよくなったあたりで窓側に移れるだろうと楽観していた。
定時に列車はパドヴァ駅を発車。特急列車が行き交い、ほぼ東西に走る幹線とは、すぐに分れて北を目指す。市街地を抜け、畑の広がる平地をエンジン音も勇ましく進む。まわりの乗客は地元のイタリア人ばかりで、私のようなアジア系の旅行者は目立つ。身軽なリュックやビジネスバッグを持った勤め帰りの人、ノートパソコンやスマホをいじっている人など、日本の車内風景とあまり変わらない。
列車は各駅停車で、一駅ずつ丹念に停まっていく。他の路線への乗換駅、単線のため対向列車との行き違いなど、駅に着くたびに一息入れたくなるのか停車時間が異様に長い。
あらかじめ用意してきた列車時刻表のコピーと比べてみると。全然合っていない。発車時刻は定時だったし、停車した駅名も合っているから、乗った列車を間違えたわけではない。どうやら、何らかの事情で列車はどんどん遅れていくようだ。しかし、車内放送は一切ないし、まわりの乗客も慌てる様子は全くない。おそらく、いつものことなのだろう。皆、平然とおしゃべりをしたり、スマホの画面を眺めたり、ゲームをしながら自分の世界に籠っている。
向かいに座っていた中年のイタリア人男性が、それまで使っていたノートパソコンを閉じた。そのとき目が合って微笑んだので、それを機会に話をすることになった。といっても、彼は片言の英語しか話せない。私のイタリア語は挨拶と簡単な買い物などの決まり文句程度だ。それでも、ジェスチャーや筆談を交えると、何とかコミュニケーションは取れるものである。
隣の親切そうなおばさんも話に加わりたいようなそぶりだったが、英語は全く分からないらしく、英語で話しかけても首を振るばかり。微笑んだだけで、そのうち降りてしまった。
男性に「どこへ行くのか?」と聞かれたので、「ベルーノ」と答えると、「山に囲まれた綺麗な街だよ」と教えてくれた。しばらく田園地帯を走っていた列車は、久しぶりに賑やかな市街地に入り駅に到着。車内にいた半分近い乗客が席を立った。向かいに座っていた男性も立ったので、「アリヴェデルチ(さよなら)」と言うと、「おっ!」と驚いた表情でおどけて、手を振って降りて行った。
車内は寂しくなったが、予想通り景色は、それまでとはがらりと変わる。列車は、ぐんぐん山に近づいていき、見事な車窓に目が離せなくなる。ドロミテ山塊という世界遺産にも登録されている地域で、ごつごつと奇妙な稜線を描いた山並みが続く。太陽が山の彼方に沈むと、周囲は薄暗くなってきた。窓を開けてみると、涼風が心地よい。起点のパドヴァの空気とは明らかに異なっていた。
結局、30分も遅れてベルーノに到着。思っていたよりも大きな駅で、街も広々としている。駅舎の背後にはドロミテの山並みが連なり、麓のリゾートの中心地といった趣だ。街の人々もどこか所在なげにゆったりと歩いている。
しかし、道が交錯していて、しばらく歩き出すと地図を見ても現在地すらよく分からない。目の前に小さな公園があり、地元の人らしい親子がベンチで夕涼みしていたので、地図を見せながらホテルへの道を訊いてみた。すると、親切なことにわざわざホテルまで連れて行ってくれた。田舎ならではのことだ。
ホテルで、10日ほど前から、ここで行われている音楽セミナーに参加していた妻に合流。2泊してちょっぴりリゾート気分を味わった。